イトコ婚の原理は富(社会的権利など遺産)の相続経路を定め、散逸を防ぐ仕組みにある(親族の基本構造から)。一方でレヴィストロースは遠すぎず近すぎない婚姻(イトコ婚)の意味を「周期性」の確保であると、神話学全4巻で説いている。周期性と文化維持は彼独自の考え方である。魅力的なこの学説を継承する人類学者を



小筆は知らない
画はネットから、Charivariとしているが現代のアメリカの風景のようだ。2階の窓に見える年齢差大きい新婚夫婦に嫌がらせしている
Charivariの風景、ネットから採取
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2020年1月15日
 
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   Charivari大騒ぎ、周期性の遵守 ネットの炎上 1 (人類学) 2月31日 投稿
 (Charivari大騒ぎ 2に進む)
 
   

日蝕月蝕や彗星出現など天文異変に遭遇した先住民がカネや太鼓を打ち鳴らす大騒ぎの土着行為は、民族誌などにより世界各地の風習として報告されている。

レヴィストロース著LeCruetleCui生と料理の293頁に

Chine, Birmanie, Inde, Malaisie….シナビルマインドマレーシア続けて南北アメリカを(こうした大騒ぎの伝承がある)と挙げている<

 

日本書記の「天の岩戸」はアメノウズメが扇情的舞踊を披露し、神々の大笑いを誘って岩戸に隠れていた太陽(天照大神)を引き出す伝承を語る。これを日蝕と人々の大騒ぎを伝えた神話叢の一つに分類するは無理がない。

文書資料としてこの、世界に広がる伝承を教える資料として一級である。

 

ヨーロッパに関してTite-Live(ティトウス、ローマ歴史家AD17年死亡を引用し太陽()に食らいつく狼を追いはらうために騒ぐとしている。それがつい近年まで(紀元の直前か)大騒ぎ風習がヨーロッパ全域に残っていた」。

由来の古さと伝承分布の広範さを示している。

 

土民たちが騒ぐ理由は怖れから来る。

族民は太陽()が消えた後の地上の不毛を怖れている。南アメリカ神話では太陽が消えた世界を自分がひねったクソを踏んでしまうほどの漆黒、冷涼の地上に化けると怖れている(食事作法の起源から)

 

心情の奥底での不定感、怒り怖れなども含む感情の振幅、それを「喜怒哀楽」と日本語は教えるが、精神の根っこでの不安を表す文言は、言語に同じ形体、似通う音韻で記憶される例が多い。言語に潜む怖れの古い記憶の例をレヴィストロースがフランス語から引く;

 

Vacarme、およびcharivariは「大騒ぎ」の意味であるが、そもそもは天変地異に向き合った族民の怖れと混乱から発せられたと伝わる。Diderot百科事典ではcharivariを>Ce mot signifie le bruit de derision qu’on fait la nuit avec des poeles, des bassins…<ボウルや金だらいを叩いて一晩中、大騒ぎする風習と説明する(LeCruetleCuit生と料理292頁から)。

 

Vacarmecharivariは音韻が異なるから別系統の語源と見当をつけLeRobertに尋ねるとvacarmeは北方に語源をもち「大騒ぎ」の意味。「集団としての意思表示」として騒音を立てる行為と解釈した。

一方、charivariはラテン語carivaria(頭痛)を語源とし、頭が痛むほどの騒音の意。個人の一過性(かなきり声)をそもそもとしている。

(先のDidrot事典では両の語での意味付けに差が読める。ネット事典などで調べるとcharivariの個人発の「かなきり声性格」が今は薄れ、集団、継続性=一晩中騒ぐ=の意味が強いようだ)

いずれも予期もしない天文異変に遭遇した人々の怖れが源であると見てよいか。

 

北方ガリア語系統と南方ラテン語が融合したフランス語に、由来の南北は異にしながらも、意味で相似した不同意、怖れを表す2の語が並んでいる。この言語の出自を伝えるようだ。

 

日蝕月蝕での大騒ぎは古代、ローマ期まで。しかし時代が中世に移ってもvacarmecharivari大騒ぎは実行されていた。怒りは天文異変にではなく、踏み外した婚姻に不同意を現すためだった。期待されていない「規定外の婚姻」に住民が大騒で囃し立てた。

 

Didrot百科事典に戻ると>aux portes des personnes qui convolent en secondes , en troisiemes noces, et meme de celles qui epousent des personnes d’un age fort inegal au leur>(同)

訳:再婚、再々婚する人物の戸に向かって一晩中軽蔑の騒音を立てていた。歳の差の激しい婚姻にも同じ仕打ち。

 

歓迎されない婚姻とは歳の差が上げられるがそれ以外、花嫁は妊娠しているが白い結婚(別人の夫)、少年(少女)の金のための身売り婚が上げられる(VanGennep(フランス民族学者18731957年の著、同293頁から孫引き。)

 

また、

今風の用法として、交通渋滞に巻き込まれた車が警笛を一斉に鳴らす(一発ブワ~ンが鳴ったら全車がブーピ、こんな警笛騒ぎがパリでは頻繁に発生する)現象もvacarme大騒ぎの例として使われる。巻き込まれた運転者の群が一斉に、「何とかしろ」と共同不満が、日蝕を天上にする古代人と同じ精神原理で、突如沸きつのだ。

 

この現象を付和雷同、負の連帯感などと形容出来るが、小筆は、サルトル「弁証法理性批判」の用語を借りserialite「感情の持ち様の連続性」とする。レヴィストロースはこの用い方を批判したが、集団心理と社会現象の関連を説明するに便利なので拝借した。serialiteの解釈の進め方が後文につながる。

 

中世まで「ウワナリ打ち」なる慣習が日本に残っていた。
江戸期にも報告されるが、ここまで時代がさがると進め方、打ち方などに規定が立てられ「儀礼化」している。元々は夫に縁切りされた前妻が、彼が再婚する若い「後妻」を囃し立ていじめる習俗である。小筆はこの「ウワナリ
」をvacarmeに結びつけたい。男が後妻を求めるに若さは絶対(のようだ)。となると老齢の夫と若い嫁の組み合わせとなる。

VanGennepの言い分を借りて「ウワナ」も年齢差の婚姻なので婚姻規定から外れるとする。この「規定外れ」を人が嫌う。

 

この疑問までを前段とする。これをうけて今の日本に、ネットの平原に、時として突発するserialite「感情露出の連続性」現象と規定外の「排撃」を結びつけたい。

 

すなわち;

1 天変地異への怖れと大騒ぎ(部族民の日蝕への怖れ、フランスvacarme、天の岩戸の大笑い)

2 規定外の婚姻への不同意(vacarme、ウワナリ打ち)

3 令和日本に顕著に見られる「規定外交接」への大騒ぎ

 

これら1~3のつながりをserialiteから探り、かつ、令和の精神風土の脆弱を探ってみたい。

 

serialiteなる現象の属性は、

 

突然に勃発し不同意をあからさまにする、

村民市民(信号待ちの運転者と同じ)の不満を露わにして、かつ多くを巻き込む。

短期間で拡大、いずれ終息となる。

 

フランス中世のvacarmeの発生因と村民行為をさらに探ると、

年齢差、目的、基準から外れる婚姻を「カネやタライを打ち鳴らして」不同意を表明する行動で、発生には「自然な」村落的連帯感が淀む。「自然な」とした意味は当事者なる誰かの、例えば花嫁に横恋慕する者の恣意的扇動など「裏工作」は無い。村民、部族民の心にそうした規定外の婚姻は「しきたり」に外れるから、ごく自然に反対が湧き上がって、集団の行動に移る。こんな過程が認められる。

一方、

ウワナリ打ちは「当事者=前妻」の主導で実行されると記録される(広辞苑)けれど、そこには村落、社会単位で後妻娶りに「不同意」への共同感情によって安堵されていると思える。広い意味でのvacarme、あるいはその変様と見て間違いではない。

 

そして3番目、令和日本においける大騒動の頻発。これを考えると;

 

社会から不同意を突きつけられている違反とは、「規定外の交接」である。対象者は芸能人など社会的に表出している方々に限られる。

 

早い話、婚外交接にハンタイである。婚外は浮気、密通、姦通なる言葉と同質で、それをまとめてなぜか不倫(人の倫理に反する)と報道がうそぶく。人がいかなる性愛行動をとろうと、第三者、他者には関係がない。これが自由であるはずだ。LGBT(性的関心、行為の少数派)の性愛行動を認めるべきとする世論もあると聞く昨今ながら、規定外の交接、浮気に対しては厳禁だそうだ。

 

具体例をネット検索すると;

 

1 V嬢とバンド歌手(2016年に大いに取りざたされた)

V嬢は歌手に妻がいるとは知らず交際、発覚した後も続けた。この継続が報道で問題になった。騙した歌手にお咎めはなく、騙されたV嬢はメディア(一部)にさんざ叩かれた。叩く理由説明は不倫に集約できる。とある誰かの夫である男との交接が倫理に反しているらしい。これがメディアの倫理感であるようだ。

 

この倫理観は建前として正しいから、真っ向からの反論は難しい。キリストなら「不倫」を実行しない者が飛礫を投げろと諭したが。(浮気妻を石打の刑に処す反論の根拠)

 

正しき交接とは婚姻内のベッドの上にあり、婚姻外では野外であろうとモーテル内だろうと、人倫に反する。モーゼが「山上の垂訓」で汝、姦淫するなと人倫を垂れた。他人の妻(夫)とヤルなと解釈されるらしい。マスコミがモーゼの太古に令和世界のネジを巻き直したかの錯覚を覚えた。

 

建前を正道として、錦の御旗がごとく大上段にかざすマスコミに扇動されたのか、あるいはそもそも「倫理の原理主義」信奉者が一定数、存在しているから売らんが為なのか。これら報道の過熱とは「倫理原理主義者」におもねたのか。

人々(統計数値は目にしないが女が多いとされる)がある日突然、連続性を抱え込んでしまって「未婚V嬢の婚外交接」が悪だとvacarmeの大騒動になった。

 

V嬢は芸能界での地位と社会立場を失っている。

 

2 清純派女優と若手ホープ俳優、20202月現在で進行形。1と同じく男は既婚、女は未婚。発覚して妻に家出された男、それでも交際を続けているとか。あるSNSから拾った反応は「清純派は男が妻子持ちと知った上での「犯行」なのだから、芸能界を退かなければならない」らしい。ここまで発言するとは原理主義者なのだろう。

石打刑にも匹敵するとのネットコメント、指摘の嵐で「不倫犯行」が咎められている。

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