一次大戦前、Delag社を設立し航路を開拓した。キャビンの一景(写真は本書から)
英国本土に初空襲、挿絵(部分)は本書から
ツェッペリン飛行船団の英国本土戦略爆撃(本城宏樹著)

ツェッペリン伯爵(本書から)
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2020年3月15日
 
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 ツェッペリンと戦略爆撃 (読み物)  2020年3月15日投稿  
   

知人から紹介を受け「ツェッペリン飛行船団の英国本土戦略爆撃」(本城宏樹著、日本橋出版)を手にし、さっそく頁を開いた。

本書は飛行船開発に生涯を捧げたツェッペリン伯爵の情熱物語とも読める。その情熱が戦略爆撃に変身してしまう。この過程を「市民を殺し兵を守る」戦争現場の逆転倫理と位置づけ、その発生過程を、本書の紹介と合わせ、考えて見たい。

 

開発の舞台はドイツ、爆撃を耐え跳ね返したのはイギリス。両国の技術、開発工程における思考の差異が見比べられる。一つの兵器の開発と運用の物語ながら、その究極に潜む国民性の差が本書を通して見える。

 

例えば、

伯爵の情熱としたがこの情熱に、「市民殺し」なる戦略爆撃がすんなり母屋を占めてしまう。ゲルマン民族が正にして負に持つ、いつの間にかの主客逆転の直情性が20世紀にも、世の先端技術を結集した硬式飛行船の空洞に、チュートンの血なまぐささ(東方十字軍の征服過程)としてとぐろを巻いていたと驚かされた。

 

観測気球に搭乗した体験(1863年本書から、以下引用と年代は本書)からツェッペリンが硬式飛行船の着想を得た。1874年には原設計図を起こしている。その開発の経緯は資金手当てが主体となる。奥方の持参金まで手をつけるやりくり、そして奔走、上層階級との交渉の逸話、ドイツ皇帝の理解を得て「20世紀最高のドイツ人」なる賞賛を浴びるまでが経時的に書かれている。伯爵なしでは絶対に実用化されなかったであろう、情熱の裏返し、心痛苦労の連続がそれと読み取れる。

 

第一次大戦前に、ツェッペリンなどの肝いりでDelag社が発足、定期航空路を開拓、運営していた事実を知った。飛行船(ハンザ)の外観と客室内に集う人々の風景。彼らの身なり物腰は大戦前の上流階層にして優雅さそのものである。しかし皆が真剣な目差しで地を見下ろしている。彼らにしてもこれほどの上空(1000メートルほどか)から地上を見下ろすは、初めての体験であろう。個人の大冒険であるかもしれない。彼らの佇まいに、写真からでも、気の張りつめが伺え飛行船の先進性とはいかにが理解できた。

 

この定期航空路(ヨーロッパ内陸航路)は当時(19091914年)世界で唯一の航空運営体で、かつ飛行機も含め世界で初めての航空事業会社であったとは知らなかった。

 

幾十人もの乗客を載せ定期運行する;

一次大戦前に硬式飛行船の技術は確立されていた。その背景を著者は分析する(11頁);

 

1      伯爵の熱意、それに賛同し参加する人材。幾人もの固有名詞が並ぶ。マイバッハ、ドルニエなど今も名を残す優秀な技術者が壮大な計画に引きつけられた。

2      建造に必要な構成品。特に軽量で頑丈な素材による構造体。小型で大出力の内燃機関。

 

上記22点がクリティカルコンポーネントであった。

構造の素材に当時、漸く工業化された(1890年代、ネット百科)アルミニウムを採用、内燃機関にはダイムラー社からの供給が決まった。ダイムラーが自動車エンジンを開発したのは1889年(本書11頁)なので、最先端の技術を組み合わせである。2点はドイツでなければ入手出来ないし、ドイツ人でなければ「船を空に浮かべる」夢を実現しようとは思いもしなかっただろう。

 

ツェッペリンの先見性とはまさにこの夢にあり、夢につながる素材を発見し、供給、契約にこぎ着けた実行力にあった。カイザー(ドイツ皇帝)ウイリヘレム2世の評「20世紀最高の」は「ドイツ人に生まれ変わったダヴィンチ」と言い換えられそうだ。

 

以上、商業運用に至るまでを序章として読んだ。

 

小筆の関心は「戦略爆撃の思想」はどの辺りにあるのかである。ツェッペリン爆撃とは「戦略爆撃の嚆矢」とされるから、本書の読破はうってつけである。

 

 

一次大戦の勃発が19148月、飛行船は開戦1月足らずで実戦に投入されている(43頁)、当初から飛行船に偵察ではなく、爆撃任務を与えるがドイツ軍の用法と理解できる。初回では昼間に出動、低い飛行高度など戦術ミスが目立ち、効果は少なく自側被害が甚大だったが、無防備(と見られる)都市攻撃、夜襲など作戦を変更した。

 

対戦闘員(敵の部隊)に対抗するには、飛行船は機動性に欠ける。動かない都市への無差別爆撃の有効性に開戦後に気付いたと理解するよりも、初めからそうした運用を練り上げていたと思われる。

 

その証左に:

1914年の年末までに対象をパリやワルシャワに….世界初の戦略爆撃が開始された」(44頁)。シュトラッサー(海軍爆撃隊の指揮官)は爆撃効果を上げるためより大型、高々度、搭載量の増大をツェッペリン(企業)に要求する。理由は「高々度であれば敵戦闘機の妨害、対空砲火をかわせる、夜間に爆撃すると精度が落ちるからその分大量に落とす必要がある」(51頁)。無差別を念頭に置いた開発指示である。

 

そもそも軍人であったツェッペリンも、軍の要請には協力的でマイバッハ内燃機関の改良もかない、要求を満たすM級飛行船が開発された。ここに海峡を越えての英国本土、戦略要地への無差別爆撃が開始される(19151月)。

爆撃を受ける側の悲惨な状況が語られます。空から爆弾が降り落ちる、こんな現実を創造した市民がいたでしょうか。英国も防御を固めに進みますが、同時に無差別爆撃を「ベイビィキラー赤ちゃん殺し」(本書から)として非人道性を国際的に非難します。

 

ドイツ側の反論は;

 

「イギリス人は同じモノを造れないから、非人道なる語を持ち出して、ドイツ人に飛行船を手放させようとしている」(ツェッペリン伯爵のコメント65頁)

「今日、非戦闘員なる者は存在しない。近代戦とは総力戦なのだ。あらゆる後方の生産者がいなくては(兵士、軍隊)は役に立たない」(シュトライサー、64頁)

 

2のコメントが飛行船爆撃に対するドイツ軍人の「いびつな」思想を表している。すなわち人倫よりも技術開発の成果を第一とするゲルマン的直情です。

 

さて本書を読み、改めて戦略爆撃とは何か-これを自問するのですが、まとめると;

 

1都市など人口周密帯への無差別爆撃

2戦闘力の直接減耗を目的とするのではなく、市民を殺戮し後方支援体制を破壊する

3広範囲かつ繰り返す、体制破壊と合わせて人心攪乱を引き起こす、厭戦気分を昂進させる。

 

となりますか。一言で「自軍の兵を生かすために、たやすく実行できる敵市民の殺戮」を優先する思想となります。

 

この思想はツェッペリン、シュトライサーの二人のみが練り上げた訳ではない。カイザー(ドイツ皇帝)を頂点とするドイツ(プロイセン)軍思考のベクトルが効率最優先としているに他ならない。結果として人道を顧みず、無差別殺戮に邁進したと推察する次第です。前回の投稿(227日)ではドイツ人の思考過程の標準を「直情」と表現した(蕃神)。目的を固め手段を手にしたら外部景色は何も見えなくなってしまう猛進を言い換えたつもりです。

ドイツの常道が、非道の方向に発現してしまった多くの例の一の実例です。

 

本書に戻ります。

結末として飛行船爆撃は費用対効果の見比べで(著者の得意とするところ、詳細は後述)大戦末期に失敗が明らかになります。

 

そして大戦の後;

思想としての戦略爆撃は各国の軍に住み着きます。

軍人とは常に失敗を反省し、次の作戦をより良きとするコリない性質を持つ人々の集団です。ドイツ軍作戦を批評する英米ら軍人の反省とは「資材の分散投下が(彼らの)負けにつながり」「もっと大量に投下したら成功し」このステレオタイプに必ず収斂します。

 

戦略爆撃の思想と記録が各国の軍記録に残り、後の「大量投下する」より進化した戦略爆撃につながる。ツェッペリンが産んだ卵をドイツ軍が暖め雛にして、アメリカ軍が軍鶏に育てたと言えるでしょうか。

 

本書「ツェッペリン飛行船団の」紹介目的がそれてしまいました。本来に戻り、本書の特徴を申し上げる。

 

1 およそ200葉を越す写真を掲載している。ビジュアルにも飛行船の実体、爆撃の悲惨さが理解できる。(硬式飛行船とは硬い外郭の内部に直接水素を充満していると誤解していた。小筆、無知を羞じる)。マイバッハ、ダイムラーの内燃機関の貴重な実物写真を目にできる。ほとんどは本邦初公開かと思える。

(マイバッハ社の切り札となった高々度用エンジン「MBIVa」の写真(153頁)には、個人的に圧倒された。この高性能エンジン技術が大戦後の高級乗用車につながったのだろうとの感慨を抱いた)

 

2 参考文献は多く、一次資料(英文)であり、時代の反響を知ることが出来た。

 

3 飛行船団の出撃の毎に航路、機材(飛行船の型式)、船長名、そして効果(ドイツ側の被害、イギリス側の損害状況)を克明に記載している。ドイツ側の製造費用とイギリスの被害額を総計として示し、作戦の破綻の様を記した著者の手段、「飛行船爆撃オペレーションの損益計算」としても良いでしょう。説得力が強く見事です。

 

著者は某国立大学の経済学部卒(奥付け)とか、さもありなんと感心した。 了