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イカは東京 (物語ツンブクツの章外として)

その地形はある生き物と重なる。その様を観察するには上空から鳥瞰するのが手っ取り早い。一万キロでは低くすぎる。五万キロの高みからじっくりと観察すると、いびつな地形がいや様に目に残る。印象は不吉な生き物である。

普通の人は五万キロの高さから下界を見る機会など滅多にない。そんな君は地図帳を用意しよう。中等地図でも初等地図でもかまわない、本棚の隅にしまってあるはずだ。取り出して、かの地の図表を眺めてくれ。偏見、先入観を排除して、あるだけのけがれない心に切り替えて、一メートルの真上からその地を見下ろす。その地の秘密の生まれ出自、恥じる程の哀しさ人生が目に入る。その地はイカなのだ。

十本足をだらりと垂らし伸ばし、のっぺりの胴が左右にでんと横たわる。突端のエンペラはなぜか誇らしげで、三角頭のとんがりをこれみよがしに露呈している。そんな化け生体はイカに他ならない。

東京がイカの生まれ変わりだったとは知られていない。その地に住む放漫な金持ちも、いたいけな貧民も、慎太郎知事すら知らなかった。前世はイカとは、生まれ変わりの因業譚のおぞましさ。本物語「ツンブクツ」因縁の発端である。
暗い海に漂う無気力なイカ、胴を海風に吹きさらし、ゲソは波に曝され、ばらけて千切れる。イカがこんなに無気力なのは、その種族に特有の形状が、流体運動でたちどころに限界に阻まれてしまうからだ。魚らが自慢する流線形ではない、まして波間に漂うミジンコに戻れない。イカはイカの形にしか成長できず、イカの形で死に果てる。

イカの生き様と死に様が、東京の地形とその地勢的閉塞に重なる。
その端、十本の足を束ね東方に向ける一帯は低湿地と呼ばれる。己の住む地の居心地のあまりの惨めに、ゲソなる低湿地が気づいた。蝕足を辺境果てのその先に伸ばしたが、砂泥とメタンの沼沢に阻まれた。「この先はゲソ地区よりもっとひどい」と自らを説得した。知事と行政はイカ足に住むと認知しないから、その地をゲソとは呼ばず、区部と誤る。無知なだけだ。

 ゲソなど忘れ西に向かおう。
のっぺり胴と形容したが、イカの腹には深刻な悩みがある。人口圧で胃袋の破裂を怖れるあまり、腹式膨張術を試みた。ブゥと腹ふくらませたが、人口は一人として、はじかれなかった。隣接する地の南にも北にも、余剰人口を押し籠める捨て地など残っているものか。土地が足りないうえに、イカ腹の周辺はもはやどうにも発展しようのない、断絶の腸閉塞地形を成しているからだ。この地、イカ腹を多摩東部と呼ぶ。二文字「東部」が接尾しただけ劣化した。

さらに西に進んでイカのエンペラの地とは、ゲソの雑居と喧噪、腹の閉塞と猥雑。周密社会に付き物のそれら悪癖はエンペラには見あたらない。パチンコ、風俗、ドラッグストア、呼び込み、ぶったくり、万引き、当たり屋、かっぱらいなどがすっかり消えた。時折すれ違う樵人に笑顔で会釈するのを除けば、林道ではサルイノシシとの遭遇こそあれ、人には出会わない。疎らな人口、桑木と山桜、篠藪と雑木、谷戸に丘、山麓と頂き。緑の林は幹と枝に濃密、森は黒く広い。空を刻む稜線は見る者を山に誘う。その地はエンペラとは呼ばれず多摩とされる。

イカは心を持つ。イカの心は多摩の山に隠れる。西から我らを見下ろす多摩の山、稜線をなぞり登れば、ミトウ、オオタケ、ゴゼン、タカノス、クモトリ。それら頂きの何処かに心が隠れる。それが東京の神髄、イカの精神が山に隠れている。

(ツンブクツ ネット配信番外の了 20121026日 渡来部)ページTopに

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