毛沢東、最晩年。右は最期の伴侶。彼は神にもっとも近いヒトだった。写真はネットから

毛沢東の神格化をPDFにした。画像クリックでPDFに飛ぶ
スペインの異端審問では審問官はトレド大司教まで告発、拘束した。王フェルディナンドの対ローマ牽制の目的があるにせよ、審問官は耶蘇体制(ローマ)から超越した権威を持つコトを示す出来事だ。文化大革命での紅衛兵(共産体制から超越している)と同じと見た。
蕃神
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2020年1月15日
 
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   現代の神話 毛沢東神への祈り 3 最終  (神話) 令和2年元旦2020年1月15日
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毛は自身を神の座に引き上げ、空白になった特異域には敵対者を引きずりおろした。それらはその域の住民ではなかった筈だが、革命を信じない「猜疑心」の持ち主、かつ人民公社政策などを失敗に導いた「悪意」のレッテルを貼り付けたのである。

参考の
 

天地の逆転であるが、毛が創造した作戦ではない。

スターリンは大戦前からこの策術を用い、無差別弾圧による支配を実行していた。毛がスターリン大粛清の絡繰りを習ったかは不明だが、同じく弾圧には無差別を取り入れた。己の神格化と敵の落とし込み、さらには弾圧の恐怖政治。

これほどにも共通項が多い理由には共産化への人民の抵抗、経済行き詰まり、農業不振、飢餓、政治状況が共通しているからか。

 

革命の敵の一番手としてやり玉に挙げられたのは彭徳懐(政治局員)。

1959年ろ○(櫨から木偏を取る)山会議にて大躍進人民公社政策を批判し、失脚に追い込んだ彭に毛は怨恨を抱く。劉少奇はより穏当な言葉遣いで大躍進政策(天災と人災による蹉跌とした、毛を名指しして批判したわけではない)を批判した。毛は反省するどころか劉少奇にただならぬ恨みを根に持った。

戯曲「海瑞罷官」の批判(1965年、起稿は姚文元、後の文革4人組の一人)を布石として、1968年の文革発起と同時に彭の弾圧を指図した。同戯曲の上演は1959年に遡り、この年は彭からの毛批判、毛の国家主席辞任と重なる。初演に毛も臨席していたと伝わるが、それらの出来事(批判と戯曲)が一つの共通根から発進している推理を巡らせ、そこに大がかりな反毛組織があると決めつけた。
これを毛の慧眼とよぶか邪推とするか。

 

しかし1961年、時は毛に味方せず、部屋に潜って邪推を巡らすのみ。まして戯曲は「大躍進失敗の当てつけ」などの批判も見せていない。雌伏年、65年の戯曲批判を皮切りとし、68年には一気に文革になだれ込んだ。反撃に至までの年月と確執、そして実行力には驚く。

これら情報は手に出来る一般の書に記述されているしネット検索からも取得できる。部族民として幾つかの疑問を指摘したい;

 

1      なぜ、かくも執拗に2人をねらい打ちしたのか。彭徳懐は文革が起きた時点では、軍の最高者の地位を失っている。政治実権を失った下位者であるにも関わらず、紅衛兵に暴力を容認する過酷な取り扱いを指示したとは。劉少奇にしては自己批判を毛に提出、さらには政界引退をほのめかしている。それを認めず反革命の烙印を押し、紅衛兵を用いて狼藉を尽くした。(劉少奇と夫人王光美をにまとめた、ロゴをクリック)

2      ねらい打ちは2人で終わらない。○とう(登におおざと)小平以下幾人もの政治家、さらには文筆家、役人、教師、地方官吏など指導者階層がやり玉に挙がった。

>各地で大量の殺戮や内乱が行われ、その犠牲者の合計数は数百万人から1000万人以上ともいわれている。またマルクス主義に基づいて宗教が徹底的に否定され、教会や寺院・宗教的な文化財が破壊された<Wikipedia

 

自らの疑問ながら、勝手に考察をいれてみると;

1に関しては毛の心の底とは猜疑心と悪意の極点にあるわけだから、その極地点での憤怒の表れと云えよう。

PDFで見る4隅の特異域の左下の「疑り深さと悪意」の特異域にあたり、ここを毛の住処とした。こうした執拗さは政治判断から発されたものではなく、ただひたすら個人性状に由来する。心おきなく己の悪を毛が実行したといえる。

 

疑問の2について。混乱の原因を政治闘争において、政治から探ろうとしたら何も掴めない。宗教紛争と見れば理解にいたる。大粛清も同じく云えるが、文化大革命の弾圧には際だった特徴が挙げられる;

 

1      作戦を命じる者は絶対者、取り締まる主体は「超法規」の一団

2      問われる罪は一しかない、それは具体的、明確

3      犯した行為(罪状)は多岐にわたり、抽象的あるいは示唆的

 

2の超越が世に君臨、跋扈していた。

全能神の神(毛沢東)と国家体制の枠を越える信徒(紅衛兵)、気に入らない者に因縁をなすりつけ異端と誣告する図式である。罪に貶める因縁には何でもかまわない、政策実施の遅れ、主席への不同意、自己批判の不完全さ
ちょいとした行為での瑕疵、何でもかんでも反革命につなげる。

 

衆愚には信徒が神の教えを押しつける。

しかし衆愚の集団にも異端は潜む、邪教を捨て正統教に帰依するとか、表向きはそんなフリをするが、心根は反革命、おいしい成果を横取りしようと狙っている。

 

毛沢東の指導を受け入れる素振りは見せた。それは見せかけで、毛への信心崇敬の様もまやかしだ。作業を怠けたり、器具類に細工を施し壊したり使いにくくしたり、破壊工作を見えないところでやらかす。

指導層、共産党員にだって反革命者は潜んでいる。そいつらを野に放ったら反逆の機会を狙うに決まっている。だから、今司令部を撃てとなる。

 

取り締まり側(法規で動く警察など)に告発しても無駄だ、彼らの中に反革命派が潜んでいるのだから。それもあぶり出さねばならない。

異端者が多ければそれは世が乱れる神の威光が輝くし、紅衛兵の地位も向上する。

この構造は中世、ヨーロッパで猖獗した異端審問との似通いに気づく。スペインでの取り締まりでは;

 

1 王の命令によるユダヤ人狩り、異端審問官はローマの指令を受けず、王の指示で(超法規)取りしまる。2 罪は反キリスト 3 罪状は密告。悪口、呪い、十字架を拝まなかったなど多岐にわたる。

 

宗教における狂信的排撃の構図、文化大革命はそれを政治に持ち込んだ。一人の政治家を神と奉り、無謬と背徳の神話を創造し、狂信から弾圧に至った。

 

「毛沢東神への祈りの1」にて小筆が提起した「彭徳懐さらには国家主席の劉少奇までねらい打ちにした毛の力の源泉はどこにあったのか」。

神話の猛威がその解答であると思う。


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