アラパホ族の婦人の正装。胸飾りにヤマアラシのトゲ毛。ネットから採取。
食事作法の起源の後半は北米先住民を対象にしている。
本書2章「DuMythes axuRomans神話からロマンへ」は本筋の展開を分断するかのよう、突然に出てくる。
南米Arawak,Warrau族(アマゾン、オリノコ下流に居住)がカリブ海諸島を伝って北米に到達し、ミシシッピ、ミズーリを遡りながら南米起源の神話を広めた「北上伝播説」をこの章でレヴィストロースは主張しています。
伝播を重ねるほど筋道が複雑化する(ロマン化)がその説の根拠。
それを挟む意味合いが分からなかった。北上説の先触れと、ここで合点がいった。確かに北米神話は同じテーマを語るにも、筋立てが「ロマン物語」らしく込み入っている。


一読では荒唐無稽の「北上説」ながら併せ読むと納得する次第です。
(第2章神話からロマンへは別立てで取り上げる)
蕃神 2019年10月15日


Porc-Epicカナダヤマアラシ(図は本書から)

訳本の目次を借りて本書の前半部を紹介すると;
序 第1部 バラバラにされた女の謎 I 犯罪の現場で II つきまとう半身 第2部 神話から小説へI 季節と日々 II 日々の営み 第3部 カヌーに乗った月と太陽の旅 I 異国的な愛 II 天体の運行 までとなる。(みすず書房渡辺公三など訳を借りた。なお同訳本は食卓作法と命題している。

元となった本の名「manieres de table」の意義はテーブルマナー「食卓」の範囲を超える食の全般を被い込む規制であり、それらの習慣しきたりを対象としている。tableの一語が食事に関する多くの行為を照らしている「換喩」である。日本の「食卓」はその意味の範囲を超す広さを含まず、「換喩」機能は無い。

拡大翻訳を厭わなければ「食事文化全般の作法、慣習」が正訳となる。小筆にして「食事作法」を訳とした。

4部 お手本のような少女たち I お嬢様であるとき II ヤマアラシの教え
5部 オオカミのようにがつがつと I 困難な選択II マンダン風臓物料理
6部 均衡 I 一〇個組 II 三つの服飾品。

7部 生きる知恵の規則I 傷つきやすい渡し守 II 料理民族学小論

6,7部はおもむきが異なる。周期性を展開するのであるが、より所として「数え方」「序列数詞の特異点」を持ち出している。「...起源の続き」で取り上げます。

 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2019年10月15日
         部族民通信  ホームページに  
ボロロ族酋長 
悲しき熱帯より
   「食事作法の起源を読む」続き 1  2019年10月15日投稿      サイト主宰
蕃神(ハカミ)義男
   

本投稿は部族民通信ホームサイト(www.tribesman.asia)に投稿した「神話学食事作法の起源、全3回」(2019930日)の続きとなります。その元原稿はGooBlogに同名で投稿した(201917日)ブログに遡る。このブログ内容に加筆を入れています。

食事作法の起源の3回投稿」ではTukuna族(アマゾン上流)、Arawak(同下流)など、アマゾン流域に居住する(していた)先住民が伝承する(していた)神話が引用、それら部族に共通する文化の見方、特にその創成に至までの苦難が解説されている。

 

本書の前半部を紹介すると(右コラムに);
=略=

本投稿では後半部を取り上げる;(右コラムに)

=略= 

舞台は北アメリカ、出演者は先住民。西部劇に出てくる実直で礼儀正しい、嘘をつかない方の「インディアン」です。北米インディアンの分布図等を以下に掲載する(本書からデジカメ)

1(同書168頁からクリックで拡大)に主たる先住民とかつての居住域が表されています。図の右下から左に上がる曲線がアメリカ西部を潤すミズーリ川です。民族名Blackfoot, GrosVentre, Cheyenne, Hidatsa, Mandan, Arapahoなどが本書引用の神話群を伝承していた部族です。ロッキー山脈の東側に位置します。


2190頁)で北米大陸全体での部族配置が明瞭に見えとれます。
3は拡大している、主要部族を楕円で囲む。

4ネットから拝借した。

ロッキー、プレーンズ、プレーリーの位置関係が分かります。地誌をひもとくとロッキー(赤)が岩山なのは字義とおり。プレーンズは乾燥、タケの低い草の繁茂(濃い緑)。プレーリー(薄緑)とはより湿潤、草タケはより高いをもって区別するが基準。両地域ともに森林、高木は育たないと勝手解釈しました。両者を分かつは西経100度ラインだそうです。

5は神話で活躍するカナダヤマアラシ(Porc-epique)の分布(灰色部)図です。この齧歯類は木登りが得意で住みかは大木の木穴。分布図では北方(カナダ)の森林に居住し、ロッキー山脈沿いに南に広がる。神話の担い手の部族は大平原、大草原で前述「高木は育たない」が理由なのかヤマアラシを普段見かける事がない。しかし神話の筋回しに出てくる。これも本書のテーマの一つとなります。

 

4部「お手本のような少女たち」冒頭に幾つかの系統を同じくする神話が引用される。Arapaho族の伝承。その1

M425 les epouses des astres(星々の嫁達 本書170~171頁)

題名astreを星とした。星にはetoileが用意される。目視でき、時に人の運勢に影響を与える(と信じられている)星を一般名詞のastreで表現する。太陽と月がその代表で、惑星もこれに属する。それらは固有名詞を合わせ持つから etoileと呼ばれない。Lune,Soleil,Venusなどと呼べばよい。月と太陽が役目を演じるからastresを用いる。日本語にはastreに対応する語を持たないけれど、それを「星」とするのは誤訳。正確には「月と太陽の嫁」でよろしいかと。

Arapaho族は北米部族分布図アラカルトではアルゴンキン語族の最南部、Witita族(カンザス州)に近接するプレーンズ(乾燥平原)に居住する。脇役を務めるヤマアラシの主たる生息域からは離れる。

あら筋:昔々、Arapaho娘は空を見上げては太陽か月との結婚を切望していた。一方、太陽と月は兄弟、地に棲む娘との婚姻を望んでいた。二人は娘評定を交わした。

quoi de plus joli que les humaines, s’ecrie Lune ; quand elles levent les yeux vers moi, elles ont un charmant visage.人の娘より魅力的な女がどこにいるのか、ため息を混じえ月が呟く。目を上げて見つめる顔のなんと魅力的なことか。Je brule d’epouser l’une d’elles.とびきり美形と結婚できれば身の焼ける思いだ。 

しかし太陽は同意しない

Comment ces horreurs? Jamais, elles ont un visages affreux, plein de rides et de tout petits yeux! C’est une creature aquatique que je veux! なんと恐ろしい選択か。絶対に無理だ、なぜなら彼女たちの顔は皺だらけ、目なんてとってもちっちゃい。水棲の生き物が私の望みだ。

(人は太陽を直視できない、あえて見るとすれば目を細める。太陽はしかめ面の娘しか知らない。北米先住民の多くは「太陽を見てはならない」の戒めを伝える。特に月経中の娘は昼に外に出てもならないなどの禁忌が伝わる。この禁忌は「月の嫁」とは別系統の神話群で述べられる)

 

地上、ある晴れた朝、柴集めに娘4人が森に出た。一人が大きな倒木を見つけ近寄ると、一匹のヤマアラシが枯れ枝に跨っていた。月の化け姿である。母が望むトゲ毛を取ろうと、娘はおてんば振りを発揮して腕をのばし棒を振るが、その度にヤマアラシはすーいと高みに逃げてしまう。娘は追う、なんと幹が高く伸びてゆく。「危ない、降りるのよ」心配する地上の3人が叫ぶも、「とっても綺麗なトゲが生えている、このヤマアラシは私が望んでいた色具合そのものなのよ」娘は忠告を聞きもしない。

Soudain le porc-epic se transforma en beau jeune homme qui declara etre Lune, que la fille avait souhaite epouser. Elle consentit a le suivre et ils arriverent au ciel ou les parents de l’astre firent bon accueil a leur nouvelle bru.ヤマアラシは突然、見目も美しい青年に変身し、月と自己を伝えた。こんな星(astre)こそ娘が恋いこがれていたのだ。若者に従い天に昇り、義理となる父母から優しく迎えられた。

一方、太陽も嫁探しに地に降り、天に戻ったが肝心の嫁の姿が見えない。嫁はどこ、問いにいらだち太陽が出入り戸を指した。そこには一匹のカエル。母が近づくとぴょんと跳び、ついでにおしっこをひっ掛けた。

 

La Lune la fit entrer dans la cabane et donna un morceau de tripe a chaque femme, pour voir laquelle ferait en mangeant le bruit le plus agreeable a l’oreille. La femme humaine se mit a mastiquer allegrement, la grenouille  voulut tricher en faisant craquer un morceau de charbon de bois entre ses gencives. Une salive noire coulait de sa bouche. 月はカエルに屋内に入らせ、内臓の料理を一切れずつ嫁候補の二人に与えた。耳に心地よい噛み音を立てるのはいずれかを比べるためである。人の嫁は噛みくだいて「ポリポリ」音を軽やかに立てた。カエルは炭を歯肉に挟んで(音を立てる真似)を試みた。真っ黒なよだれをしたたらせるだけに終わった。

カエルは月の大笑いに晒された。メンツを潰されたカエルは「よくもこんな目に会わせてくれたわね、あんたから離れないから」月に跳びかかった。その顔にはそれ以来カエルが浮かぶ(月の斑)由縁である。

 

続くM426(部族、表題は同じ)は;

天には月も太陽も浮かばない原初のくだりが初めに記される。

日の差さない地は暗い。そのためその人は妻と息子二人を連れて天に戻った。この息子が天上で太陽と月となる。二人は親との同居をやめて別所帯を営むとする、しかし天上では嫁を見つけられない。嫁探しに二人は地に降りた。ここからの筋は前の引用神話と変わらない。

 

M428 星(太陽と月)の妻(第5Arapaho族(176~179頁)

前引用の2神話と筋道は似通います。一方で人物の筋道付けは念入り、各sequenceの舞台、仕掛け、登場内容が豊かに盛られる。

父母とのテント生活。兄弟は狩りに規則正しくないまま、あちこち出没していた(日夜の交代の規則が決まってないとの暗喩)。ある夜、二人揃って「そろそろ独立したな、妻をもらおう」このあと地上の娘の評定に進んで太陽がカエル、月は人の娘を候補と選ぶ言い回しは同じ。

月が地上に降りる。川を西に沿い上流に向かう(今のネブラスカ州であるならミズーリ支流のニオブララ川は西から東に流れる、ベーシック世界地図から)。程なくして見つけた村は;

L’air etait embaume, la vue magnifique. Les oisaeux chantaient ansi que les reptiles et le insectes.(177) 村にながれるそよ風の芳しさ、広がる景色の美しさ。思わず月は見とれた。鳥は歌い、カエルもコオロギも唱和した。(reptilesとはトカゲ蛇のたぐいだが、歌う蛇など思いつかないからカエル(amphibien両生類ながら)とした。insectesは昆虫、すると歌うほセミかコオロギ、豊かな秋口らしきからコオロギを取ろう。

なおこの状景をしてレヴィストロースは悲しき熱帯で用いたBonSauvage=良き野蛮=の例証としている。Ce tableau emmbelli de la vie indigene montre que l’idee du BON SAUVAGE n’etait pas etrangere aux sauvages ! 181頁大文字は筆者)先住民の生活に美しく彩られた「一幅の絵」を見るだけでも、「良き野蛮」の言い回しが矛盾を孕む形容(oxymore)であるとはいえない。
何事にも修辞の霞に表現をぼやかす尊師にして珍しい直接表現である。同時にここまで断言したら、鼻息荒さが聞こえる文だ。

Oxymoreにまとめたので関心を持つ方はクリック)

 

Lune admirait cette scene idyllique quand il vit deux jeunes fille qui suivaient la berge en rammassant du bois mort. Vite change en porc-epic , il se fit remarquer de l’une d’elles.()

訳;月は牧歌的状景に息を呑むも、すぐにある娘に目をとめた。二人連れの一人、枯れ枝集めに川縁を歩いていた。あまりも美しい、見つめる間もなくヤマアラシに変身した。目をつけた娘がヤマアラシを見留めた。

Ses piquants son longs, blanc, superbes.  Il me les faut! Justement ma mere en manque…>あのトゲ毛を見て、白くて長い、ステキ!あのすべてが欲しいわ、母さんにも分けてやれる。

3の神話はいずれも母にトゲ毛を贈ってあげたいと娘の動機を語る。母親は将来の婿の晴れ着衣装をヤマアラシのトゲ毛で飾りたい。ゆえに娘はpubere妙齢、婚姻可能を暗示している)

ヤマアラシを追い木に登り、天に至った。すると目の前に、ヤマアラシならぬ若者の輝く姿が出現、驚くも誘いにうなずく。この先は前々回に引用した神話(M426,M427)と同様の展開、太陽がカエルをつれて戻り、どっちが「心地よい噛み音」を立てるかの食べ競べ、人間の娘が勝つ。

(アラパホ娘がカエルに競り勝った歴史(神話?)事実を、歴史家含め後代の人々は過小に評価している。それとも無視か、あるいは単に無知なだけかも知れない。カエルとの喰い競争でこの貴重にして偶然の、人間娘の逆転大勝利が後の文化の発展に多大な恩恵をもたらした、この必然を正しく評価しよう。「パリで人がカエルを食す暗黒」を鋭意作成中です。蕃神)

 

天空は人間娘を嫁に向かえると決めた。M428の後段には文化・社会創造が人に伝わる因縁が挿入される。

その1人間社会の周期性の起源。

A cette epoque remonte l’organisation de la vie humaine ; les objets d’usage recurrent leur nom et leur function, anisi que les substances alimentaires. Les hommes et les femmes apprirent a connaitres leurs besoins et leurs regles de conduite.177

訳;人間社会の仕組みはこの時期に形成された。食物と共に日常で使用する道具の名前、使い道が定まり。生活を営むための義務、行動の規則を男も女も学び、モノにした。

その2身体規則性の確認文化

Venez vite! cria la femme humaine en haletant. La belle mere accourut, tata son corps, en fut stupefaite de decouvrir entre ses jambes un bebe bien constitue qui remuait>(178)

訳;「すぐに来て」若妻が叫んだ。義母はかけより体をさするとなんと股の間から赤ちゃんが出てきた、これには本人が驚いた。五体満足、おぎゃと泣いて手足を動かした。

Constitueは「体格の良い」が意義であるが、人として初めての分娩なので(カエルになったら大変の)心配があったが頭、四肢、手足が人らしくそろった。こうした意を与えたい。人が人を再生産した、分娩起源の説話です。

めでたしめでたしで終わらなかった。お説教が続いた;

le veillard (老人、義父、家父長)が出てきて曰う。<<Tout cela est bel et bon, dit le veillard, mais je n’aime pas ces accouchemants brutaux qui n’ont rien de civilize. Dix lunaisons doivent s’ecouler entre la conception et l’accouchement…..>これからすべてが願い通り(beau=bel)で上手くいく。だけど今回の分娩騒動は乱雑だった。少しも文明化していなかった。懐妊と分娩の間は月の巡りの10重なりとしっかり心して

老人だから小言にしつこい「人間の女なら今月はさわりが訪れなかったを知るし、原因にも思い当たる。そこいらのブタ猿など獣とは違うのじゃ。その事態になったら十分の余裕を持ち、前もって母と夫に告げるのじゃ。胎児は経血の固まりで成長すると知れ、女の血が股から流れ落ちず10回が腹に溜まったら子が生まれるのじゃ」(179頁)

これが3題目の逸話で人と獣のあるべき差を諭している。漸く人はカエルや猿、豚との文化の差を誇れるまでになった。もはやカエルや地虫との婚姻同盟にのめり込む粗忽者(モンマネキ)は出現しないだろう。

嫁取りの成功で、月が人に、特に女への関与の濃さ(月経)が説明されて、月経から妊娠の期間、10月の分娩など女に周期性が生まれた。これで文化一通りまとまった。一方、太陽は失敗。

astresの二人は分かれ、異なる軌道での天上回周を始める。同時期に同場所を二人が占める、「夜だけ」あるいは「昼のみ」の不規則が消え、日夜周期が確立された。さらに太陽には残虐と平穏の季節周期も発生した。

 

北米先住民は太陽を人食い「cannibale」と表現する。プレーンズ、荒々しい夏、乾燥と熱が猖獗する。作物は枯れ、人は消耗する。原因は嫁取りに失敗した太陽の怒り、人への敵愾である。不用意な者の「しかめ面」が原因だから、我々は祈らねばならぬ。悔い改めを見せて、なだめて太陽との交流を計ろう。「太陽の祭り、サンダンス」はこれを祈願する祭りである。サンダンスについては後述。

 

2部冒頭のArapaho「月の嫁神話」は、本書後半の基準神話となる。前回に投稿の「食事作法の起源」前半での基準神話は「モンマネキの嫁取り失敗譚」である。当然両者は関連付けが認められる。幾度か言及したが関連の証左となる要素をまとめると;

1 目的は嫁取り。婚姻同盟を確立する。

2 きっかけは単位が孤立、社会がまだ成り立っていないこと。一方は洪水のあと、片方は天上での孤立。

3 幾度かの試みは失敗続き、月の嫁神話では同時に2例、で失敗は一例。その月神話も結果は失敗に終わる(人間妻が天上から脱出)。両神話ともに文化創成の偶然性、その維持の脆弱基盤を謳う。

4 失敗の理由は社会(文化)の規則違反。文化の創成される前ではあるが、則るべき規則は文化の前に形成されている。

5 規則に外れる行為を掣肘する「預言者」の存在。

以上を本投稿にあわせ作成したPDFクリック1(モンマネキと月の嫁)に取りまとめ記載した。是非ご覧ください。  1の了