食事作法の起源、その前半部の紹介です。本投稿-3-をもって了とします。後半を準備中です。舞台は北米大草原に移ります。それら北米神話にもモンマネキ、さらにはバイトゴゴ(M1神話)の伝播が認められます。南北数千キロ、山を越え川を渡りを旅する新大陸の神話群。

内容もさることながら伝播スケールの大きさには驚きます。10月半ばには投稿できるかと、乞うご期待。

蕃神 2019年9月30日
オーストラリアアボリジンの交差イトコ婚の概念図、父から息子への相続と母から娘への相続の線を部族民通信の解釈として加えた。元図は「親族の基本構造」写真クリックで解説アラカルトへ。
本書117頁掲載の図、3重の三角形で構成され、外は婚姻、中が気候、内には漁獲法が位置づけられる。本図を部族民通信として解釈したPDFをクリック。
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 更新
         部族民通信  ホームページに  
ボロロ族酋長 
悲しき熱帯より
   神話学第3巻「食事作法の起源」を読む 3 (最終回)       サイト主宰
蕃神(ハカミ)義男
   クリックで各投稿に飛ぶ

神話学第3巻 食事作法の起源を読む 1  
 モンマネキ神話、同盟結成への希求、失敗

神話学第3巻 食事作法の起源を読む 2  
アサワコの失恋、遠すぎた同盟

神話学第3巻最終稿 
事作法の起源を読む 3  いかにして創成されたか脆弱な基盤
 本書該当の章に掲載される図をPDFとし、計3図作成した。これを理解すれば本書(前半)は全て理解するも同然(ロゴをクリック)
1基準のM1神話とモンマネキアサワコを比較した
2 文化の3角形
3 文化パラダイム
    モンマネキ神話を引き続いて取り上げる。

本書(l’origine des manieres de table)の掲載図(117頁)は通婚のあり方を略図にしている。掲載写真とPDFをクリック(右コラムの写真からも)。 表題はstructure des mythes a la pirogue celeste(天をかけるカヌー神話の構造)となる、この引用は後段に。PDFでは常に自然からの圧迫を受ける文化の創成はかくも難しいかを(部族民通信のオリジナルを加味して)現したつもりです。

 

図は3重の三角形で構成される。外側三角(上部2線が点線)の左に近すぎる結婚、右端には遠すぎる結婚の特異点がある。頂点は遠すぎず近すぎもない婚姻=mariage bien mesure(三角形の頂点)上手く(距離が)計測された結婚。上2線が点線である理由は、上部特異点の「上手く行く婚姻」の神話が採取されていないため。そうしたハッピーマリッジなど神話にするに値しないか、そんな婚姻はあり得ないのかいずれかであろう。

モンマネキが人の女としてはじめて娶った嫁(上下分離女)は近すぎる結婚である。レヴィストロースはこの理由を説明していないが、近親姦にまつわる不浄を暗喩的に具現した異形と小筆は解釈する。

この嫁はしきたり(文化)を遵守すべき心の保ち様で、人として欠けているところが大きい。魚を毎日大量に獲る特技を持つのだけれど、毒(川辺に置かれる下半身から経血を垂れ流し撒き餌代わりとする)流し漁だった。他にもしきたり違反が数えられるが、前回の投稿で記述したのでここまでに。違反に気付かれて姑、モンマネキ母に追いだされた。

この嫁取りの前に彼は4例の異種婚(カエル、地虫、鳥の2種類)を経験している。いずれも遠すぎる婚姻。モンマネキは失敗したと神話は語る。別の神話「麗しのアサワコ」でも遠すぎて結婚できなかった。婚姻同盟が継続するためには正しい距離を保つ必要がある。

ここでの「距離」とは地域の地理的距離と部族社会の中での階層位置が含まれる。 ではほどよい距離の結婚とはなにか;

本神話学シリーズ一巻の「生と料理le cru et le cuit48頁にBororo族の村落概念図がある。南北にcera部、tugare部と2分割され、真ん中が男小屋でこれも2の部を反映して分割されている。婚姻規則とは例えばcerabokodori支族の男は円心を挟んだ対心に位置するarore族の女としか結婚できない。男女を逆にしても婚姻の規制は「対極」の支族との婚姻。支族内での婚姻は認められない。部を同じにする男女は「近すぎる」から婚姻を結べない。対向する部の特定の支族が「ほどよい」距離で婚姻を認める。族外の者は「遠すぎる」ので結婚できない。

その規則が族内外の抗争を防ぎ、部族民社会を安定させ、再生産を安堵させる。ほどよい距離の婚姻とは同盟維持の為である。
Bororo村落の概略図はに。

 

世界、多くの民族で実行される交差イトコ婚についてレヴィストロースは「親族の基本構造」の中でこれは「女を仲介にした富のやりとり」との説を述べている。これは風習ではあるが、その思想を探れば「富の交換(社会の維持)と世代をまたぐ富の流通(遺産相続)」を規定する規則と言える()交差イトコはまさにほどよい距離の間柄となる。

これらが、婚姻制度に周期性periodiciteを取り込む目的であるとは明瞭である。遠くも(下流に住まない)、近くもない(同支族、近親姦ではない)、同一村落内ながら遠い(対極)嫁を選ぶ。村落の構成のあり方に婚姻制度を重ねた。

周期性periodicite意義をさらに考えてみよう。

それは再生産性(reproductivite)である。

神話は太陽と月の周期が欠ける日夜を描く。昼の連続で人は熱さに苦しむか、夜だけの世界で寒冷と怠惰、己が垂れた糞を踏みつける暗黒と描写されている。遠すぎる婚姻が昼だけの酷暑世界、太陽のみが漁労に取りかかる。夜だけの寒冷世界は近親婚と比定される。いずれでも漁労は成り立たない。日夜の交代で熱気(あるいは寒冷)が周期的に分断される。天文が周期を安堵して文化が確保できた。

これが3重三角の意味合いで、寒冷に酷暑に、気候がいずれかにぶれたら、中央線(人の世の周期性)が崩れる。文化社会が創成されるには3重三角形の内側の、なんとも狭隘な偏屈地でなければ継続できないPDFをご参照。

 

La pirogue du soleil太陽神とカヌーM405 Tukuna族を紹介する;

若者がひとり魚釣りに励んでいた。前をカヌーが通りかかる。男が一人乗っている。「何か獲れたか」と若者に声を掛けると返事は「全くだめだ」。男は「乗りなさいここから釣ればよい、少し待てば良い釣りになる」と誘う。若者は舳先に座り、男はそのまま艫に、舳先に声を掛ける、

Il demanda a son passager ou etait <le chemin du soleil> et celui-ci comprit alors, bien que l’astre eut prit soin de le rendre insensible a sa chaleur, en quelle compagnie il se trouvait. Ils poursuivirent le voyage en pagayant. Le garcon croyait etre toujours en terre, mais en fait, le voyage se faisait deja dans le ciel. Ils virent un poisson pirarucu long d’un metre . Le soleil l’attrapa, le jeta dans la pirogue et le cuisit a la chaleur qui rayonnait de son corps>>(l’origine des manieres de table 110

拙訳;舳先の若者に<太陽の通り道>を知っているかと声をかけた。自身が発する熱気を隠れ蓑にして、誰かと悟らせまいと太陽神は細工していたがこの問いかけで若者は誰のカヌーに同乗しているかを悟った。しばらくは二人して漕ぎカヌーは進む。未だ地上、川の上と若者は信じていたがカヌーはすでに天空に浮かぶ。舷側を1メートルほどのピラルクが遊泳する。太陽神はすかさず捕らえカヌーに取り込んだ。己が発生する熱で大魚も瞬く間に調理された>

さし出された魚料理を食するも、すぐに満腹となってしまった若者。太陽神は食べる量が少ないぞ、頭を下げてくれと求める。若者のうなじを叩くと<des cafards en quantite>幾匹もの「ふさぎ虫」がはき出された。Voila la cause de ton manque d’appetitこの虫けらめがお前の食欲を無くしていたのだと太陽神。若者は皿の魚に再挑戦し、ピラルクを平らげた。調理で外された鱗とヒレを注意深く太陽神がかき集め、放り投げるとそれらは再生し魚に変わった。

 

レヴィストロースの解説はこの神話M405M354モンマネキを彷彿とさせる。似通いは読めないので解説をさらに読むと;

魚の創造と再生(モンマネキは魚を産む月桂樹を探し出した)、有能者に対する機転の効かない者(太陽対若者はモンマネキ対インコ嫁の弟と対比される)のカヌー航行での位置(舳先に劣者、艫には上位者)。モンマネキは魚の捕り方を知らないが調理する火を所有する。太陽は魚を巧みに捕るが火を持たず自身の発する火で焼く。(モンマネキと太陽には2重反転がある)

「招待客は出された皿を平らげる」義務はモンマネキ神話では展開しないけれど、これらをしてモンマネキ神話の伝播と変容と位置づける。

 

M362 origine du baudrier d’Orion,オリオン座三つ星(肩ひも)の起源Mucushiを紹介する。Mucushi族はベネズエラにあたる地に居住していた。モンマネキを伝えるTukuna族からは数百キロ離れる。

あらすじ:

3人兄弟が住む。長兄は結婚しており、次男は未婚ながらも人物として良くできている。末子は醜い。それ故、次兄は末子を(兄嫁にそそのかされて)殺すと決めた。口実を設け木に登らせ果実を取らせた。末子が枝にまたがり無防備となった機会をとらえて刺し殺した。死骸は地に落ち、とどめに両脚を胴から切り取って捨てた。

しばらくのして殺害の現場に戻って、そこに義理の姉と出会った(rencontrer)。

A quoi peuvent donc server ces jambes, dit-il, elles ne sont bonnes qu’a nourir les poisson> Il les jetta a l’eau ou elles se changerent en poisons. Le reste du cadavre fut abbandonne, mais l’ame monta au ciel et devint trois etoiles d’Orion.>>(35

訳;義姉に「こいつの脚をどうしよう。魚の餌にするしかない」語りながら池に捨て、脚は魚に変わった。胴体は放置され、魂は天に昇ってオリオン座三つ星になった。

オリオン三つ星と漁との関連を深い。それが夜明け前に地平に現れると漁の季節を告げる。

 

醜い(si laid)だけでなぜ弟を殺害したのか、さらに義姉は夫を伴わず一人で殺害現場に現れた。次兄の義姉に対して死骸の見せつけに念が入っている。次兄が曝した死骸を確認し、義姉は脚を捨てさせた。この処置は(死体といえど)歩き回りを防ぐためである。二人は殺害現場でrencontrer=出会った=のだが、この動詞には「偶然」と「示し合わせて」の出会いの2義に分かれる(辞書robert)。投稿子は後者の意をとった。

神話は二人の関係に何も語らない。しかし前段には伏線が張ってある。嫁を持つのは長兄のみ。二人弟は義姉に言い寄っていた。次兄は「いい男」なので兄嫁はいい仲になったが末子は「醜い」から毛嫌いされていた。それで「あいつ煩い、何とかしてよ」と義姉は次兄をたきつけた。

神話は魚と漁獲の起源も語っている。脚が魚を創ったし足無し弟がオリオンの3つ星に化け(南米ではオリオンは脚無しとされる)、漁期(毒流し漁)の季節を告げる。次兄が犯した2の罪(義姉との近親姦、兄弟殺し)が魚を世に出した。

一方;

「長兄の存在が無い」に理由を探ると。polygamie多重婚(一妻多夫らしきなのでpolyandrieが正しい)が背景にあるかも知れない。長兄の嫁を弟も妻として共有する。しかし長兄嫁は末弟を「醜い」から嫌った。レヴィストロースは悲しき熱帯Nambikwara族でこの風習を報告している。そう考えれば長兄の不在の理由に辻褄があう。この場合「勧奨される姦淫polyandrieの拒絶」と「兄弟殺しの教唆」で罪は義姉に掛かる。Mucushi族は絶えて久しい、polyandrie風習を持っていたかは検証できない。いずれでも魚が発生するには多重の罪が被さらなければならない。
M1、そしてモンマネキ神話でも文化発生の契機に罪を置いている。

新大陸神話は、罪をそそのかす、あるいは自ら実行する性として多く女を選択する。ならばpolyandrieを否定した罪を女が犯した。正しい解釈だろうか。

 Mayaの線刻画、舳先に女神、艫の年長者が見える(本書挿絵)

写真はMaya文明Tikalで発見された墓に埋葬されていた人骨の線刻画である。舳先と艫の人物は装身具で神性と判断され、若い女神と中年神と思える。月太陽相乗り神話の中米への伝播であろうとレヴィストロースは引用した(本書118頁)

先住民神話の特徴として太陽はすでに存在している、しかし月は天地開闢の後の創生と語られる。すなわち太陽起源のそれはないが、月の起源神話は多いという非対称性にある。

2の神話を紹介する。

 

M392 転がるがん首と月の起源 Kuniba族 (75頁)

娘が毎晩、誰とは名乗らない男の訪問を受けた。娘はアカネ染料(genipa)で青の目印を男の顔に塗った。翌朝、名乗らぬ男とは兄と知った。村人は罪人(兄のみ、娘に咎はない)追いだした。対敵する族の縄張りに迷いこんで男は首を刈られた。もう一人の兄が男のがん首を見つけ抱えたが、首はその弟に食い物飲み物をしきりに求めたので、放り出して逃げてしまった。

La tete parvint en roulant jusqu’au village et voulu penetrer dans la hutte. Comme on lui refusait l’entrée, elle envisage l’une apres l’autre plusieurs metamorphoses : en eau, en pierre, etc. Finalement, elle choisit la lune中略Pour se venger de sa soeur qui l’avait denouncer, l’homme change en lune l’affiligea de la menstruation>>

拙訳:転がりながらも弟を追いかけ村までたどり着いたがん首、くだんの小屋に入らむと試みた。しかし内からは拒否の声。居場所もないがん首は物に変身する事とした。水、石などなど。最後に月を選び天に昇った。秘事をばらした妹には月経が起こる身体にして復讐した。

Incesteが月の起源とする神話は新大陸で多く伝承されている(レヴィストロース)。転がるがん首が月の起源とする地域はブラジル北部を東西にまたがるとも。M392insesteとがん首の両要素を起源に取り上げている。Kuniba族の居住地は不明ながらブラジル北部、がん首とinsesteの交差する地域であろう。変身候補を幾種選び、最後に月を選択するモチーフは別神話でも語られる。

 

M393 月の起源l’origine de la lune Cashinawa族 (76頁)

隣接する部族が戦闘状態に陥った。ある男が敵戦士に出会って逃げようとした。相手の甘言に言いくるめられて、敵男宅の「よその男が好きな」妻を訪問するはめになった。男は結局、首を刈られ捨てられた。同族の戦士が首を拾うと、しがみつき、さんざ迷惑かけて放り出され、人として居場所を失い、変身しようとするがその物を探りあぐねる(M392と同じ経緯)。同族者との対話ではまず果物、大地、樹木、水、魚、毒、蛇など。これら全てが人に利益を与える、あるいは人から殺されるなど、人に関わるので決断できない。そして太陽?の自問に、それは奴らに暖かさを与えてしまう、雨?川の水かさが増え魚が繁殖し、お前達がタラ腹になるから嫌だ忌避したあげくに思い着いた先は

<<J’ai une idee. De mon sang, je ferai l’arc-en-ciel, chemin des ennemis ; de mes yeux , les etoiles; et de ma tete, la lune. Et alors vos femms et vos filles saigneront. Pourquoi donc? La tete repondit <pour rien> 

思いついたぞ、まず私の血が虹になるのだ。それは敵どもの通り道になる。目は星に変わる。この首は月となる。そしてお前らの妻、娘が血を垂らす。なぜそれを選ぶのかの問いに首は(月は人に)「何の役にも立たないから=pour rien」と答えた。
がん首には女の月経は何の役にも立たないと否定されたが、女が月ごとの障りを持つことで周期性を獲得、合わせて分断(その期間には社会活動はできない)も経験することになった。
ようやく女が文化に属す事世界が出現した。
がん首男の罪は「信じやすさ」である。敵戦士の誘いに乗るは兵士にはあるまじき行為。

   
本書
137頁の表の写真、これをパラダイム変換したクリック

モンマネキ神話と周辺神話から集めた数多いシーケンス(状況)をcode(符丁)として抽出し、その進展が各項目の横列となる。縦軸は先住民の世界観を羅列し、横軸は周期性を獲得するまでの進展(codage)となる。試行錯誤ぶりとも解釈できる。

第一項目はCode Astronomique天文の符丁と訳す。月、太陽、夜、昼が先住民思考の対象として選出されている。列の左lune absente, eclipse……と読める。月の不在、月蝕。原初世界には月は「創造」されていなかった。eclipsesとは創造されて後でも不気味な月蝕を起こす(近親姦の暗示)。月の創造神話の前段には近親姦(あるいは邪さをつけ込まれた戦士の罪)、その結果転がるがん首に果てた者が、生ける人への復讐から月への変身を選んだ。

月に対して太陽は初めから存在している。soleil fixe(右)とは太陽が動かない、年がら年中、天頂に座しまして毎日が昼間だった。あるいは常に隠れている。

2列目左にlongue nuit長すぎる夜。右にlong jour長すぎる昼とあって、それぞれが一列目の月不在と太陽固定に対応している。一列の中央にはpahses(月の相、満ち欠け)、2列中央は(夜と昼の規則ある交代alternance reguriere de la nuit et du jour)とある。ともに天文符丁における周期性を表す。

 

2項はcode geographique地理的符丁である。一行目右がproche(近い)、左にlointain(遠い)。モンマネキ神話 では4例の獣婚譚が述べられる。地に住むカエルおよび地虫は近い(狩り行きの途中、近すぎる)。さらにカエルの「食い物(ムカデミミズなど)が悪い」、「草刈りのやり方が人と合わない」(地虫)。姑こと預言者に「この様では社会の周期性が形成できない」追い出されてしまう。別の2例は鳥、これらは形態的不完全で追い出される。遠すぎて同盟を結べないとの示唆も4例目(金剛インコ)に叙述される。アサワコ神話は頼もしい若者と麗しい娘の恋愛物語であるが、二人の居場所が遠すぎた。

この項の列中央にはカヌー、その行き交いが遠近地との仲介として文化の範疇となる。2列目中央にfleuve a double sens(上流も下流もない2方向で流れる川)とある。これが下流(aval)と上流(amont)を結ぶ文化の仕組みなとなるはずだが地霊は制作できなかった(Warrau族の言い伝え)。

以下code anatomique身体符丁, code sociologique社会符丁、code ethique倫理符丁とつづく。これを社会創造パラダイムとして化した。冒頭に紹介した三角形PDF(文創成と維持)ともあわせ見比べると、自然とは両極に対立する特異点を持ち、その中間点にのみ人が生き文化を営める中庸の環境が残される。この中庸の中でうごめき、周期性と再生産性を希求するモンマネキら英雄の活動をこれら神話が描いている訳です。
右に左に一歩を俵から踏み外せば、自然の混沌に逆戻り。危うい特異点に人が生を賭けていると読める。

以上本書「食事作法の起源」の前半分を紹介しました。

 

食事作法の起源を読む 了