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アサワコはWarrau族、写真少女は隣接する
Arawak族。
ネットから採取
オリノコ河、ギアナ高地の源に発しベネズエラで大西洋に注ぐ。全長2100キロ。下流の表情、ネットから
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   神話学第3巻「食事作法の起源」を読む 2
(人類学) 2019年9月30日投稿
 
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神話学第3巻 食事作法の起源を読む 1  
 モンマネキ神話、同盟結成への希求、失敗

神話学第3巻 食事作法の起源を読む 2  
アサワコの失恋、遠すぎた同盟

神話学第3巻最終稿 
事作法の起源を読む 3  いかにして創成されたか脆弱な基盤
本書該当の章に掲載される図をPDFとし、計3図作成した。これを理解すれば本書(前半)は全て理解するも同然(ロゴをクリック)
1基準のM1神話とモンマネキアサワコを比較した
2 文化の3角形
3 文化パラダイム 
   「食事作法の起源」を読む1 の続き

「川下り嫁探し」はアマゾン上流Tukuna族から下流Arrawak族にいたる流域に広く伝わる神話要素です。オリノコ河流域に居住するWarrau族はArrawakに近接する。そのWarrauが伝える嫁探しの一例「麗しのアサワコhistoire de la belle AssawakoM406111頁)はモンマネキ神話M354本題投稿の1で第4話までを解説、第5話はこのワサワコの後に)の後日譚であります。

あらすじ;

主人公Waiamariは訳あって叔父宅に寄寓する。叔父は幾人かの嫁を持つ。若い嫁が水浴びの最中にWai…に水を掛けた、水掛はあからさまな女からの誘い。前作「蜜から灰へ」の投稿で蜜蜂化身Simoが義妹に水を浴びせられた。Wai..は「Inceste! honte sur toi近親姦だ、己の恥をしれ」ときっぱりはねのけた。しかし叔父宅にこのまま居ては深みに迫られると別の叔父(Okohi)宅に移る。同居していた叔父はこの行動を怪しみ、Wai..が先に妻を誘惑したと決めつけた。引っ越し先に来ては闘いを売りつけた。そのたびに叔父がWai..の背をとる(勝つ)。レスリングで年長者を破るが通過儀礼進展一コマですが、叔父は本気を出してWai…を破り、壮丁組入りを妨害する。すなわちWai…の社会位置の確立に手を貸さない。

負けてばかりでは儀礼が進まない。Wai..が後腐れを怖れ、手加減したのかもしれない。後の段で「どんな女もたなびく」壮健な若者らしき記述があるから、年長者に負ける道理がないと、これは小筆の推測。

Okohiが仲介に入り、Wai..に旅をさせる(儀礼通過のやり方を変える)。

 

解説;Warrau族は南米先住民おおかたの例に違わず母方居住。Waiamariは成人儀礼の前なので母方の居宅に住む。叔父は彼の母の姉妹の夫と推定できる。居宅に「夜にのみ通う」別支族の男。Wai…はいずれ彼と、成人通過儀礼後に、地位と身分で対抗する事になる。

儀礼の前、Wai…の住まう屋には母の姉妹と血族の女(同族の娘ならば呼称で“姉妹”となる)のみ。言い寄ってきた叔母とはWai..の母の妹(姉)となる。はねのけた言い様が血のつながりの証左であるし、次の一文<Ce depart eveilla les soupcons du premier oncle qui l’accusa d’avoir voulu seduire SA PROPRE TANTE>突然の出立が初めの叔父に疑念を湧かせた、Wai..がその実の叔母を誘惑したかったのだと誤解した証拠が読める。

PROPREを大文字にしました。この語を名詞の前に置くと「己の」所有を表します。mes propres yeux は己の目で、「私の清潔な目」を伝えたいならmes yeux propresとする(辞書robertから)。Propre tanteは実の叔母となる。実ともなれば、禁忌犯しの罪の度合いはなお強い。

 

読者はここでM1(第一巻、生と調理の最初の神話、Bororo族)を思い起こす筈です。実の母と近親姦(上下婚オヤコタワケ)を犯し父に捨てられたバイトゴゴの罪状です。近親姦と併せ通過儀礼を筋道の発端としている点からして、このM401M1の伝播でもあります。一方でM401には洪水、文化創成はありませんがカヌーでの嫁探しする、これは文化創成活動の一つです。
モンマネキの流れが
Wai..神話に引き継がれている。 WarrauTukunaBororo族の居住地はを参照)

Waiamariの儀礼の旅とは(親切、同支族の)叔父Okohiとのカヌー行。

オリノコを下ります。舳先にWai.. 艫に叔父の配列は身分の上下からしての位置取り。程なくしてアサワコAssawakoの住む岸辺に着く。彼女を形容するに原文はla belle et sage(美しく賢く)を用いている。美しい上に(賢いから)しとやかで男を立てる、それを「麗しき」と訳した。渋谷を訪ねガングロ跋扈におののいた平成はさておいて、令和の今にも遭遇するが難しき、美しさ賢さしさを身につけた、希種で貴種は奇遇のきらびやかさの娘であります。

 

Celle-ci les recut gracieusement et pria l’oncle de laisser son neveu l’accompagner aux champs.…Assawako dit au jeune homme de se reposer pendant qu’elle irait chercher de quoi manger>>

拙訳;アサワコは二人をおおらかに受け入れた。叔父に「野に出るので甥ごさん(Wai..)に同伴していただけません」と頼んだ。アサワコは「 ちょっとした食べる物を見つけてくるからここに休んでいて」一人森に入った。

de quoi mangerはフランス人が昼食を摂るさいに用いる「何とか口に入る」粗末な食い物。それを食す動詞はcasser la crouteパン皮を壊す、これと組になる。持ち帰った「ちょっとした物」とはバナナ、パイナップル、サトウキビ、スイカ、ピーマンなど。両手に一杯抱えていた。ちょっとしただなんて、アサワコは謙遜したのだ。帰り道に彼女は尋ねる「あなたってきっと、素適な狩人なのよね」(=elle demanda s’il etait bon chasseur)。狩人を素適とするは日本語で違和が残るが、先住民では手練れの狩人は肉をたっぷり持ち帰る、実利をして「素適」とした。

Wai..は道を外れ森に入った。

Il s’eloigna sans mot dire et la rejoignit presque aussitot avec une pleine charge de viande de tatou. Elle etait fiere de lui, comme il convient a une femme, elle reprit sa  place en arriere

訳;一言も発せずワサワコを離れ、そして立ち戻った。手にはアルマジロ肉をたっぷりと抱えて。アサワコはすっかりWai..に魅せられて、その位置が慕う女性に心地よい男の後ろに身を寄せた。帰りの道はもうすぐ終わる。

Quand ils furent presque arrives, elle promit qu’on trouveraient de quoi boire dans la hutte et s’informa s’il savait jouer d’un certain instrument de musique.un petit peu>, repondit-il.  Il joua d’une facon merveilleuse. Il passerent la nuit en tendres ebats

拙訳:村を前にしてアサワコはWai..に小屋には飲み物があるのよ(寄ってかない)。あなた、何か楽器が弾けるのかしら。するとWai..は「ちょっとだけ」と答えた。いざ手に取ると、彼はすばらしい奏者であった。かく二人はその夜を甘いebatsに過ごした。

ebatsとは何か。辞書では気晴らし楽しみとある(スタンダード)。少し踏み込もう、するとebats amoureux(愛の楽しみ)なる語を発見した。その具体意味はactivites erotiques(エロチックな様々な活動、robert)とある。複数形で必ず用いる仕組みには理解のおよび難さが残るのだけれど、いろいろと手を変え技を添えて複雑運動でもするのでしょう。

半日は一夜、二人の楽しみ迎える終幕その前に、三人目の叔父が気を効かせ、はずれて納屋奥に身を引いた。甘い飲み物(蜂蜜酒かもしれない)に二人は酔い、もっと甘い楽器の調べにうっとり女が聞き惚れて、奏でる男がクレッシエンドで迫る。

 

南米先住民にとり楽器とは、若者が娘に求愛する道具である。通過儀礼を前に若者は楽器の修得に余念がない。(蜜から灰への一神話M243Warrau族、でカエルに成長を促進されたハブリが楽器を奏で、知らずの母が恋心を抱く下りがある)。Wai...は通過儀礼の最終段階、ともあれば楽器演奏にも通じている。その腕前にくわえ、年頃女が見逃さない男前ともあればアサワコ女を前にして、超絶技法の手練れぶり、惜しみない腕前披露だった。またまた惚れ直したアサワコが究極の手だてのEbatsに挑む。辞書robertが教えるまま、数々のamours()の交歓に二人が耽溺した(=小筆推測が一部に混じる)。

 

しかし愛は成就しなかった。Waiamari..は<Je ne puis pas abandonner mon oncle. Il a toujours ete bon pour moi>叔父を捨てる訳にはいかない、彼はいつも私をよくしてくれたとアサワコに告げる。La jeune femme fondit en larmes, lui aussi etait triste. 新妻は目に涙を溜め悲しむも、彼だって悲しかった。

Wai..がとどまれば叔父は一人にしてカヌーで川を遡る事になる。一人でカヌーは操れない、まして帰りは遡り、流れに逆らう一人オールでは転覆を避けられない。

叔父一人戻りで遡りさせるとは、叔父を捨てると同じである。

4話で、Solimeos河をインコ村へとカヌーで下ったが目的の「逃げた女房と縒りを戻す」はモンマネキに適わなかった。義弟もインコに戻って村にとどまる。結果、一人帰りを余儀なくされるからインコに変身してインコ村に居残る事となった。

これら神話背景をレヴィストロースは「流れるまま下流に伴侶を求める行為は、同盟(姻戚関係)を築くには遠すぎる」との先住民の教えであるとする。

 

河を下るとは到着まで時間は短いが距離が遠い。帰りには流れを遡る苦労が伴う。同盟を確立するには周期性(periodicite)を持たなければならない。遠くてはこの周期交流が難しい。若者が遠方娘と恋に落ちる、こんな恋愛は起こりうるが一過性で終わる。それでも貴重な資源(若者)が再生産活動から脱落する。社会維持に反する色恋と糾弾されるかもしれない。周期性が前提の同盟の確立にWai..が思いをはかれば、アサワコ村に居残るは誤りの選択である。涙ながらに別れた二人。上流男と下流娘の遠すぎた同盟は成立しなかった。

アサワコの悲恋譚にオデッセイ・カリュプソを思い出した。

 

ここでM354に戻る。

インコ界に定着したモンマネキは村にいつの間にか戻っている。(不整合性でありますが、こうした破廉恥の筋立ては神話の特徴です。M1でバイトゴゴは一度死んでハゲタカについばまれた。ハゲタカは腐肉食いなので死骸を食する。しかし生き返って村に戻った)。

 

M3545話(人間女との同盟)

川には魚が溢れている。モンマネキは漁労を知らない。妻に迎えた女は漁獲にたけて毎日いそしみ、大漁の成果をかならずあげる。しかし奇怪な方法だった。

身体が上下分離式で、下半身から引き抜くと上半身が勝手に動き回る。下半身は岸辺に置いて股間から経血を垂れ流す(本文に経血の記載はないが前後で小筆が類推)。流れに漂う血の臭いにピラニアがおびき出され、水面に浮かぶ。上半身がそれを手づかみですくい上げる。こんな漁法を実行したら、肉食ピラニアに下半身が囓られてしまう。しかし彼女は上半身が水面に浮くだけで安全、心置きなくピラニアを捕る。両の半身の分離の特技を生かした魚獲法である。

モンマネキに食料を安堵したこの漁法、しかし預言者の姑に否定された。何故か、上下分離の体躯は我慢しても;

1 女が魚を捕るとはしきたりに違反する。

2 経血とはそれ自体が禁忌、まき餌にするは食事作法の違反(間接で経血を食す)。

3 周期性のない(垂れ流し)月経は非文化である。

文化の視点から自然漁法を否定したのだ。文化を預言する者の決意である。

 

女の漁獲が規則に違反する根拠はなにか。参照。

話を狩猟に限定しよう。女は狩猟してはならないとの不文律、これが新大陸のみならず旧大陸でも広がっている。女は農作業に専念し、獲物は昆虫、せいぜい小動物の(狩りとはいえない)採取と決まっている。「弓矢を携え」狩りに出るのは男。狩り、弓矢は火と同レベルの基本の「文化」である。それらを獲得(ジャガーから譲り受けた)した時に、弓矢の用途も火の担い手も決まった。男の狩りに対し女はカマド火を守り調理をになう。

狩猟を漁労に置き換えれば役割分担の理由は明白、女が魚を捕れない理由に見当がつく。

男の漁師に対して女はアワビなどの採取、日本でも分担が決まっている。年に一回、男女総出の毒流し漁において毒を流す役割は男、女は下流に控え「魚をすくう」のみ。

青木繁は名作「海の幸」(重要文化財)で漁師を男の行列として画いた。この説をアラカルト(上のロゴをクリック)に述べたクリック。

 

ヒトもどきの嫁の結末は;

大漁が続く嫁に不信を抱いた姑はひそかに後を追い、上下分離式の肉体秘密を嗅ぎつけ、再合体を不可能にする策略を仕掛けた。上体のみでうろつく恥を忍ばず出奔し、またも離婚に至った。「文化になじめない存在、行動を排除する」預言者の姑努力の賜物でした。もし姑がいなかったら、この世は人獣混淆、カエル男や地虫女がうろつき回るカオス世界になってしまった。

女はモンマネキの背に取り付き散々嫌がらせを弄する。「背取り付き」が「うろつくがん首」につながる。こちらは別投稿で(食事作法の起源続き、11月投稿予定)。

モンマネキは正しい同盟相手を求めてカヌー(pirogue)で川を下る。

順が逆になったが川下り嫁探しの主題がアサワコ神話につながる。

 

前回(1)で紹介した3神話比較PDFの解説。

M1(基準神話Bororo族)では自然の遺習を残すできかけの社会を打ち壊し、洪水にも生き残って火と料理の文化社会を築くバイトゴゴの決意が神話となっている。

M354Tukuna族ではモンマネキの同盟形成の試みと老母の文化基準との相克が描かれる。人の女との婚姻も否定され、モンマネキはカヌーで川を下る。漁獲の困難さとはモンマネキがカヌーのアカ水に囲っていた魚を、村人が川に流出させてしまった逸話からとった。人獣同盟では自然からの食の確保はたやすいが、必ず破綻が起こるとの主題がここにも見られる(蜜から灰へを参照)

 

川下りの主題を引き継いだM406Warrau族、同盟の形成ならずで終わる。

文化とは火と料理のみならず、組織制度、しきたり、区切り(儀礼)、倫理の確立、これらをもって社会を確立し維持する。なかなか形成されないものだ。

 

神話学第3巻「食事作法の起源」を読む 2 了 

2019930日投稿)