猿は頑張っても
フランス語が
上達しない。
その根本原因が
バレた



猿世界には無関心の
自由がないからだ。

頭の限界
みならず、意味論
の猿的くびきが
仏語学習の猿限界に
のしかかっていたのだ!
 liberteの訳語に「自由」を当てた諭吉は、その実体なるデカルトの無関心の自由を明治の世に定着させられなかった。
取り違えた自由が大正昭和平成と語り継がれ、自由カツ丼を喰らうK氏の悲惨を引き起こしてしまった。
取り違えの根本原因を諭吉にさかのぼって見直すとは、維新の功績と限界を見つめる事につながるのか。
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2019年11月30日
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ボロロ族酋長 
悲しき熱帯より
   自由カツ丼アリサの勝手 番外 諭吉と自由 (元年11月30日)  サイト主宰
蕃神(ハカミ)義男
 

 

明治初期。文明開化、富国興産は国家の課題であり、これら計画を促進するために欧米の文明思想の導入は活発だった。インフラを導入するにはシュープラを知らねば効率が悪いとの正しい判断である。
liberteなる概念に出くわした先達が自由と訳した。この博識が誰かには各論あるが福沢諭吉との指摘は多い。訳の意とは自己の由(よし)とする。そもそもこの語は漢籍に用いられ用法は字面通り、気まま思うまま(大字源)とある。「欲しいまま、好き勝手」(広辞苑)に通じるから、情念を沸き立つままに放し抑制しないの意味でもある。第2義に他から拘束されず自身の意志で行動するが載せられている。

1義が古来からで2義は明治以降の自由であろう。

訳を探すに諭吉はliberteなる語にまといつく、デカルトの教条を知っていただろうか。それは選択において己の利得への無関心であり、他者(カツ丼の選択であればそれは食欲となる)の強制をはねのけて、過程においても結果にも、後々の悔いを覚えてはならないとする心境(volonte)と、実行(vertu)の絡まり様の生き姿である。故に元の仏語の用法は、漢籍漢籍の自由とは正反対の意味を醸し出しているのだが、なぜかこのこの語に落ち着いた。

例えば、
昼飯を食うに欲(空腹を癒す)と得(旨さを求める)に屈してカツ丼を選ぶなどは「自由」を遂行しているとは申せない。

諭吉はデカルトの自由を、それが本邦で遣われる「自由」とは反意に当たると「知っていた」と部族民蕃神は信じる。それが明治期知識人の博聞強記なのである。
1万円札を眺めるだけでたやすく判断できる筈だけれど、手元が不如意なので確かめられぬ。
証左となる一文をここにあげよう;

<福沢の西洋事情にはlibertyを日本語訳することの困難さを述べており、自主・自尊・自得・自若・自主宰・任意・寛容・従容などといった漢訳はあるが、(いずれも)原語の意義を尽くさないとする>(Wikipediaから引用)。

 
Liberteの訳に正反対の漢語の「自由」を当てた;日本と西欧との思想の交流で、根源において欠落があったのだ。悲しき熱帯の一節を引用する前にソシュールの意味論を少々、

言語学フェルディナン・ド・ソシュール(スイス18571913年)は意味論の先駆者とされる。言葉(parole)とは「意味する、意味される=signifiant, signifie」の相互関係にある。意味の伝達において主体と客体の相互関係が成立しているとすると彼は伝える。この説をレヴィストロースが受け入れる訳だが、咀嚼の過程で彼らしく構造主義の細工を仕掛けた。

人はどのようにして犬を犬と認識し、犬と呼ぶのか?
レヴィストロースの説明は;
人が犬の思想を抱く、人は目の前にする犬らしい四つ足をみて、頭の中の犬の思想と対照させて「あれは犬だ」との結論にいたる。思想と実体はこのように対をなしている。構造主義の視点からの意味論である。

なお言語学では実体の犬(signifie)が言語paroleの犬(signifiant)を喚起するのだから、実体が犬で、それを犬とした言語は客体である。レヴィストロースは言語学における意味論の主客を逆転させている。意味論、構造主義、カント先験については猿でも分かる構造主義(2019年5月HP投稿)に詳しい。こちらにもご訪問を。

自由にもどる。レヴィストロースは「悲しき熱帯」で、西洋東洋の思想の交流においては根本において欠落があるとしている。意味論の絡繰りから欠落を説明している。

le malentendu entre l’Occident et l’Orient est d’abord semantique>(TristesTropiques、悲しき熱帯169頁)

拙訳:西洋と東洋の誤解はまず意味論においてである。
続いてsemantiqueの解説を

ce sont les formes d’existance qui donnent un sens aux ideologies qui les expriment : ces signes ne constituent un langage qu’en presence des objects auxquels ils se rapportent>>(169頁)

訳;現実の形体が思想に一種の方向性を与えた。すると思想はその形体を表象として表出する。この相互関係は思想が表象する主体が、客体として存在する形と結びついた時にのみ、言語となりうる。

説明;思想(ideologie)にはそれに対峙する形体が在るをもって意味関係が成り立つ。
言葉が形成されるとは思想と形体が結びつくからで、片一方しか存在しなければ、意味論の構造が崩れる。意味をなさない。

文明が出会って、思想用語を翻訳する時、元の言語とその意味を訳者が理解に至ったところで、その実体が対訳する言語に無ければ、訳と同時に実体も形成しなければならない。これはほとんど不可能であろう。
諭吉が「自由とは無関心の自由」と叫んでも、そんな自由を日本人はイメージできない(実体として理解できない)。

ここに日本と西洋の意味論上にて疎通障害が発生する。

老人がJR豊田駅前で昼飯選択に自由をと叫んでも、それは彼の身の内の食欲、味覚を満足させる方便でしかない。その叫びには「無関心の自由」なる実体が響く訳がない。自己を由とする好き勝手の自由カツ丼しか、老人は食えないのである。了

(本稿は諭吉と自由の1のつもりです。なぜかくも日本西洋で差があるのかをテーマに2を近々)

 

余談;諭吉から兆民、秋水につながる「自由導入」の系譜は、西洋思想の移入と限界の観点から大変面白いし、重要でもある。彼らが思索の中で理解しようとも、日本語の語彙を探しても適訳が見つからない、あるいは訳語不首尾である例に、どのように苦闘したか。きっと誰ぞが論じている筈と感じる。
レヴィストロース神話論を片付けてからの部族民通信のテーマとなろう