生き様を
選ぶ瞬間



カルテジアンとは
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かつても
今も

ごちそう王者

グルメの垂涎

カツ丼


ジッドは
カルテジアンなる背景を
考えたら
この一文
になった。

カツ丼は今も
昼飯界に
ごちそうで
君臨している



狭い門なら
あちらこちら
に見かける





ポケット版狭き門
自由とは
無関心だ
デカルト
神の肉は
カツ丼の
世紀

アンドレジッド
写真クリックでアラカルト頁に



よく見かける
「狭い門」
庶民版の
一例。

肥満体は
お断りと
門が差別するか
 部族民通信ホームページ   開設 令和元年5月20日 更新
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  カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ120189月から10月にかけてGooBlogに投稿、令和元年58日加筆)
投稿
元年5月20日
 カツ丼を食らい自由を堪能したK氏が浮かれ気分。勝手なアリサは皆様ご存じアンドレ・ジッドのノーベル賞作品「狭き門」(=La porte etroite,)の女主人公。二人ながらに「自由」を求めて生を邁進したのだけれど、その起因を促す事由の諸々というか、生き様にも欠かせない形式美の混迷事情か、世俗の愛は結実しなかった。日野の老人K氏と薄幸の美女とを比ぶる術すら小筆は持たないし、彼の地フランス19世紀末は文明文化の灯火が黄昏、本邦21世紀は島国の閉塞、2の事情を比べる尺度は全くないのだけれど、自由を鍵の語に用いれば、生き様比べが何とか成立するのではないか。

謂わばヤシンの一文だ。

それにしても底すら見えない奈落は闇が統べる深さ、それと目にしてすぐさまに覚えるが諦め、ヨウシ、ともかく自由とか勝手とか、何とかを書こうじゃないか。

私ハカミには強い味方があったのだ。ゆえにその何とかに気づいた。

浮き上がった精神在りどころの位相差をレヴィストロース(Claude Levi-Strauss, 哲学者人類学者2009年没)が主唱した構造主義の思索手法を用いれば、だいたいが易々と、細部に至りチチンプイと解決してしまう。カツ丼を食らう心情のワケをアリサの純真に投影し、ついでに内なる心の老人構造を純真娘と対比させ、19世紀と21世紀の乖離を解明せんとする三題噺、前文にして長かったから早速ながら。


K
氏について、

忠犬チャビ公を連れて丘陵小道やら遊歩道のブラリの途中に、ちょくちょくと陋屋に立ち寄るのだが、彼岸過ぎてのこのところ姿を見せなかった。そして数月、8月には連日の猛暑、それが一休みした3日休みの中日は土曜日、夕刻の犬散歩の道すがら訪れた。時候の挨拶もはずして開口一番、

「働きだしたんで散歩の暇がなくなった」

普段にましての不満面チャビ公のワケは、散歩の回数が減ったから、鼻面シワの刻みの深さから、犬なり苦労の振幅塩梅に納得がいった。

しかしながら、

K氏は定年退職してすでに数年が経過している。初老とされる年代にして「働きグチ」が見つかるとは驚きだ。シルバーの口かな。

「今の世の中、どこにいっても人手不足。ハローワークで老人再就職の斡旋とやらに、この面を曝した瞬間に決まった。隠しても滲みわき出る徳が儂にはあるのかのう」

K氏に徳があるとは初耳だった、たとえあってもチャビ公と同程度だろう。

人手不足とは聞いていた。求人倍数なる数字が新聞に出るが、東京では2倍を越す勢いが続いている。2倍とは、求職者一人に2の求人があるとの意味らしい。野党あがりの政党が政権を担った時期、職を探しように若いとて雑用の一件すら見つからなかった5年前。今年、厳つい初老にも働き口があるとは様変わりだ。

中身を訊ねると、

「仕分けしてパソコンに入力、外出、出張など経費付き合わせと管理、ほかにも..

経理の下働き兼諸用の全般。かつては簿記上級など資格ねらいと待遇向上を計るキャリアパスの一段階、若い女子の仕事入り口だった。

子女が引く手あまたとなっているのだろう。

「一日5時間、週4回。この歳になったら週40時間プラス残業なんて正社員の仕事はこなせない。小遣い稼ぎで十分、居間でテレビを前に寝ころんでいないだけでもかみさんに感謝されているよ」

「グーウワン」

無駄話を切り上げてチャビ公散歩の続きに踏み出すのだと催促している。犬の無駄をK氏が続ける。

「困っている、昼飯を選べない」

同僚と上司、といっても歳はK氏よりも2世代3世代も若い。

12時の鐘が合図で皆が部屋を出る。残るは電話の当番一人、男同士の34人、揃って雑居ビルの階段を下り、立ち出た街角はJR豊田の駅の前、買い物中心の斜め横からいくらか外れる。豊田は東京日野市の地名。濁らない「トヨタ」は愛知は三河の中心、輸送機産業からのふんだんな税金に潤うとうらやましくも聞いている。多摩のこちらはトヨダと淀む。地元民はトヨダァと濁音を強調する発声の素朴さを今も残す。この地の素性である。駅はJRの中央線。駅近くに買い物ビルが建設されたのは幾年かの前。小筆の住まう丘斜面からは遠く離れるから人混みの混雑の程度を想像できない。

「何を食うか、意見が巡る。男3人なら好みが3通りに異なる。4人となったら必ず4人目が別の希望を出すから偏差はなおさらずれる。まとまらない」

「この暑い盛りだろう、儂ならソウメンの一椀かザル一枚で決まりだけれど」

食い物は軽さが八月だ。

「言っちゃなんだが、そりゃあ、あんたは仕事してない、腹も減らないからだよ。こっちは通勤の混雑で消耗してげんなりする。しかし入った事務所の机の上には午前にまとめなくてはならねぇ書類が山盛り。それら資料を整理してパソコン叩くやら頭の蠅を払うやらの仕事が山積み。

その程度の作業なら簡単とは言うな、昔と違って規格が難しくなっている。筆一本の在宅業のお方には見当がつかないかもしれない。額に汗すれば一心不乱、脇目も振らずに一束でおよそ一貫3.6キロのデータをパソコン入力する。終わる頃にお昼のチャイム。鳴ったらとたん、腹が減ったぁ」

「グーウワン」

チャビ公の再度の催促など聞かず聞こえず、気にとめず。

「ビル階段を降りて道端、狭い歩道。歩きを止めた34人、打ち合わせるが焼きそば、天丼、親子丼、焼き魚定食なんかがいつも提案される。これが儂には気に入らない」

「とは」

「カツ丼なのだ。無慈悲に例外を許さずカツ丼絶対だ。天丼、親子丼はおろかすき焼き丼にしても願い下げ。カツ丼を食うためにトンカツ屋に入らなければ気が納まらない」

老人がなぜカツ丼にかくも拘泥するのか。

質問にK氏は遠くを眺めるか目を細めた。遠い思い出。催促「グーグーウヮン」に気もそぞろのチャビ公すら知らない状景だ。

入り乱れの複雑が感情、今の生き様昔の気概、それらと重なるカツ丼の過去に気づいている。老人の口ぶりを借りよう。

「刑事モノが流行りだった。デカは刑事、刑事は捜査しあちこちで探りを入れる。ホシと呼ばれる容疑者をしょっぴく

逮捕して拘置所ならぬ代用監獄(警察署にある豚箱のこと)に拘束する、ぶち込むとも伝わる。拘留期限の10日の間に供述させねばならない。尾籠ながらゲロを吐かせるとそれを教える。刑事モノが盛んにテレビに流れていた。

「ホシだってすんなりとゲロ吐かない。「私じゃあありませんよ」と否定しつける。期限の10日目を明日にした9日目の夕食に出る文句は決まって、

「カツ丼、食うか」

ホシは沈黙を続ける。

己の足下に目を落としたまま。肩がわずかに揺れる、カツ丼の一言が悪漢の感情に目で追えるほどの起伏を生じさせたのだ。デカ長のとっておきの口説きは、とてつもない価値をカツ丼に与えた。

「特上ロースの大盛り、2段重ねを頼んでおいた」

陪席していた見習い刑事がトドメを刺す、

「署の前、西洋楼の出前だ。他では食えない旨さ」

羨ましさが籠もった。薄給で1段の重ね無しが彼の限界なのだ、

左の肩と右の腕が揺れて首と頭がばらり、垂れた。ホシが崩れた。すかさずデカ長は机下に手を回し取り出した、

「ほれ」

ロースカツ2段重ねの特上。西洋亭の圧巻ドンブリの豪華の様がホシの目の前にドカン。とじる卵の濡れ乱れから肉塊の揚げあがりはパチパッチ、脂の焦げがジュックとドンブリ湯気にフワーッ湧いた。

「署は出前に銭なぞ出さん、儂のおごりじゃ」

殺し文句にホシがワアーと泣いて「刑事さんすべて話します」叫びの供述が始まる。取り調べ9日の責め苦も2段盛り特上の敵ではなかった。

天丼も親子丼も美味しいけれど、御利益が薄い。ウナ丼には生活感がない。デカ長の自腹おごりはカツ丼でしかなかった。ドンブリ界の神カツ丼、カツ丼あこがれを供したのだ。それを食らうに汚れ心ではバチがあたる。精神をまっさらなに入れ替え、芯から真っ当なオトコに戻らなければ、神の肉は食えない。カツ丼の世紀を人が経験していたのだ。

道端のK氏は懇願する、

「カツ丼を食う自由を保証してくれ」

気持ちは小筆に分かる。

「ワーン、ワワワーン、ワーン」

チャビが乱れに吠えた。「自由追求はいかんとも厳しい」を最後にK氏は立ち上がった。

自由とは仏語liberte,あるいは英語libertyの和訳である。訳者は福沢諭吉と伝わる。著作「西洋事情」に初めて出てくる(らしい)。古来、漢語「自由」は使われていて本来の自由に諭吉がliberteをひも付けしたとの説明を目にした(Wikipedia)。

その意味するところは、

大字源は1気まま思うまま(漢文の引用が続く)2()他から拘束を受けずに自身の意志によって行動できること、2通りを伝える。

1が明治以前から使われている自由で2(=哲学)は福沢の導入した「西洋」の自由と定義して納得がいくだろう。

ここでの留意は(勝手)気儘対(自由)意志と落差が認められるうえ、そもそもは勝手気儘が本来義であった。

この留意点が本稿執筆の意図である、後に説明する。

近世で用いられる「自由」としてliberte初めて語ったのはデカルト(Descartes)とされる。それ以前を中世とすると、自由なる語はあったとしても、思想、行動としてはなかった。西洋自由liberteの原義は<disposition a donner genereusement, charite>robert)惜しげなく愛徳を与える性向、とある。宗教に裏打ちされた行動で、そもそも中世以前は人の思考行動のすべてが「神の意志」となるから、自発的に人が「考える自由」は耶蘇では御法度。考えず言われた通りに、神の思し召しだった。

人が考える自由とは何か、デカルトのそれとK氏の昼飯の自由との共通性はいかに。

考えてみように、デカルト原典に直接キックは気後れを覚える、故にでググる;

目星をつけたサイト名はPHILOPHORELe doute et liberte chez Descartes。主宰Eric Chevet,お偉い方と見受けるがその誰かを知らない。攻略本に用いよう。

Le doute atteste d’une « faculté positive » que Descartes nomme le libre-arbitre (ou liberté d’indifférence):

思索疑い過程le douteはデカルトが自由意志libre arbitreと呼ぶ実在する力faculte positiveに裏うちされるものである。自由意志は無関心の自由(libre d indifference)でもある。

引用を省いたがこの前段でchevet氏はvolonteを解説している。これを意志と訳す。

思考(疑い)に意志(volonte)と力(capacite)が備わる。デカルト的2元論に当てはめれば、意志は(考える)となり、力はfaculte positive(実在する)本質である。本質は選択し行動する力である。それが自由意志で、無関心なる自由でもあるとしている。

ここで注意、Indifferenceを無関心と訳したからワケが分からなくなる。これを与しない選択<qui ne tend pas vers telle chose plutot que vers telle autre (Robert) とすれば投稿子にも概念が掴めてきそうだ。(無関心の自由は定訳なのでこれを使う)

先入観、偏見などに惑わされず、いずれにも与しないし結果がいかになろうとも喜ばず後悔しない(=indifference)。この心構えで選択するのが自由意志(libre arbitre)なのだとデカルトが語った(ようだ)。

選択は常に二者択一である。ABか。比べるまでもなくAよりBが自身にとり都合が良い、それならBを選ぶ。この思考過程にはA,Bの(利用)価値の善し悪しを判断する前提が潜り込んでいる。Bから逃れられない、そうした過程で選択をした者はBの僕(シモベ)であると批判できる。

予備知識を仕入れてデカルト原著に入る。おおむね繰り返しになるがMeditations(デカルト著)から。

Pour le libre arbitre, je désire que lon remarque que lIndifférence me semble signifier cet état dans lequel la volonté se trouve lors quelle nest point portée, par la connaissance de ce qui est vrai ou de ce qui est bon à suivre un parti plutôt que lautre後略

拙訳:自由意志について申すと、余は、偏見、前判断なし、さらにはどちらを選ぶのが正なのか良しなのかに、人の知(volonte)が一切影響されていない状態が「無関心」なのであって、この点に注目していただきたいと願う。

 c’est en ce sens que je l’ai prise lorsque j’ai dit que le plus bas degré de la liberté consistait à se pouvoir déterminer aux choses auxquelles nous sommes tout à fait indifférents. Mais peut-être que, par ce mot d’Indifférence, il y en a d’autres qui entendent cette faculté positive que nous avons de nous déterminer à l’un ou à l’autre des deux contraires, c’est-à-dire à poursuivre ou à fuir, à affirmer ou à nier un même chose.

拙訳:無関心の自由を念頭に入れたとして、もっとも初原的な(le plus bas degre)自由は無関心であるはずのそれら物事に対して、まずなにがしらかに(関心を寄せ)特定する(選択する)とした。

おそらく無関心にはさらなる意味合いがあると気づいている。それは、選択する力を持って、眼前の2の物事をあれかこれかに特定して、肯定か否定し、受け入れるか退けるかして、いずれかを選ぶ。そのいずれかの選択をして、同じ事(un meme chose)であると受け入れる。

小筆の見解;無関心の自由には2段階あって、1)先入観なしに虚心坦懐にいずれかを選択して(これが原初の自由)、2)選択した結果についても(後悔、後からの批判などせずに)無関心であることである。

無関心の自由がもたらす精神状態「libre arbitre自由意志」は、神の意志に限りなく近づくとデカルトは信じていた。知において神に近づいた(解析幾何学の創始、本質の解明)デカルトは精神においてまたも神に近づいた。

本邦良き市民は自由を実行してデカルトの神に近づく!今からでも遅くはない!!

特上二段盛りは神の肉とも断言したK氏の自由カツ丼とデカルト自由との接点が見つけられるかも知れない。「何となく釈然としないなぁ」

「ところでKさん」

帰り際にまた立ち寄ったK氏、本日は行き帰りの二段盛り散歩となっている。しかしこの機を無駄にはしない、ここぞとばかりの質問を小筆が突きつけた。

「あんたは昼飯にカツ丼を食うのはのっけから決まっていると。理由については立ち上る湯気に身を託し、生きる証をカツ丼で確認したいとも聞いた」

「そのとおり、そのカツ湯気が私に残された唯一の自由だ」

呪文がごとくK氏が唱える「カツ丼の自由」とデカルトが教える「自由libre arbitre(自由意志と訳される)」の差がここにあったのだ。両者を対比しよう。

ABかの選択を迫られる状況を設定する。K氏の昼飯ではカツ丼への入れ込み魂が全てを決めるから、K氏はそれを選ぶ。この過程に自由はあるのか?

 

一方デカルトにおいては;

21択では沈思黙考、巡らす思考は「純粋に、無関心に、善悪を乗り越えて択一を下す。それには選択者が純粋思考を持たねば…..」なんて話(想像)。この段階での思考の作用をデカルトはvolonteと教える。投稿子はこれを発心と訳したい。仏教用語で「仏を信ずる気を起こす」が原義。2義に「思い立つ」(この場合にはハッシンと読むらしい)が見える。(大字源の受け売り)。

volonte発心とするところではK氏においてそれは、身をさいなむ飢渇は(腹減った、昼飯を喰いたい)、vertuないしcapacite positiveは自己救済に他ならない(昼飯喰うぞ)。デカルトのそれは真理の追究である(と思う)。年金老人と哲学者、volonte発心のありかを探るにこれほどに差には恐れ入るけれど、デカルト高みから見下ろせば老人チャビ公はともに変わらずではないか。

21択の心構えをデカルトが説教する;

「いずれを良しとしいずれを追求する価値があるかを、前もって知るとしない」

これが無関心indifferencevolonte発心が宿る。(lindifference me semble signifier cet etat dans lequel la volonte nest point portee par la connaissance de ce qui est vrai ou de ce qui est bon a suivre..(再引用、彼の著作Meditationsの一説、文の一部は省略)訳は前出。

しかるにK氏は「毎日カツ丼」を必ず主張する。カツ丼が他丼よりも美味であるうえ、それ神の肉を食らうべきとの脅迫感にも迫られている。カツ丼選択においてK氏はliberte dindifferrenceなる心境に達していたか。いや、彼の心境とは無関心と正反対である。思いこみ、強迫でしかない。デカルト様とは大違いの執着の固まりで選んだのだ。

自分の好みを遂行する、それが自由だとK氏が強弁している。

「カツ丼を選ぶは私の自由、自由に生きたい.

横に手を振って小筆は、

「それを自由と言はない」

「なんと言うか」

「自分勝手だ」

「そんなはずが」

K氏の頬が引きつった。

「クックーンッ」

チャビ吠え声まで引きつった。

K氏の昼飯行動はカツ丼の不自由が正答であろう。 

 

狭き門(La porte etroite)は文豪アンドレ・ジッドの代表作である。

発表は1909年、当時は(19世紀末から20世紀初頭まで)ベルエポックの盛り、若き男女悲恋の顛末である。産業革命の勃興にあわせ商業資本を産業に転換して成功したフランス。パリの繁栄に新興ブルジョワ文化の成熟あるいは爛熟が蔓延した。ジッドはこれら新興階層を描いていない。土地の所有と学識を基盤とする旧来のブルジョワ階層を取り上げている。主題は自制と献身、信仰と帰依。20世紀を迎えんとする人の生き様の一典型であった。

Recit(レシ、一人称の語り)形式でジェロームJeromeの追憶が淡々と語られる。ジッドはロマン(3人称形式で筋道を客観的に語る)を幾作発表しているが、なんと申そうか、これらは名作ではない(と感じた)。1947年にノーベル文学賞を受賞するが、ひとえに「狭き門」が評価されたから。1作のみでノーベル賞を受賞した。

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あら筋;

主人公はアリサとジェローム、アリサの父とジェロームの母は兄と妹、民族学の説く「交差イトコ」である。ジェロームは12歳を迎えるばかりで父を失う。母はLe Havreからパリへの移住を決意、リュクサンブール公園の近くに「小さな」アパートを借りた。夏には叔父の住むフォングーズマールFongueusemareに逗留するを一家の習慣としている。この土地屋敷が母の実家でビュコラン(Bucolin)家の本貫、アリサ、ジュリエットらも住む。

ネット検索すると、

LeHavreFongueusemareはおよそ10キロメートルの距離(Google地図にて)、ならば両家の地縁(血縁も)浅からぬを暗示させる。その意味はいとこ婚を古くより実践していたと推察してしまう。さらに親族周囲も二人の結婚を望んでいた、筋の節々にそれが窺える。パリ住まいにリュクサンブールを選んだ理由はジェロームの「学業優先」と関連がある。フランスでは12歳でのリセ(中高等学校)の選択が後の一生の生き様を決める仕組みになっている。リュクサンブールから1ブロックの距離、パンテオンの横にはアンリ4世学中高校(Lycee Henri IV)がコリント風の玄関破風を見せている。この名門校に合格したと読者は推察する。

アリサとジェロームの二人は幼い頃から交流があった。

時系列で推測すると父の死のあと、パリに移ってHenriIVへの入学を決めて新学期(10月から始まる)を待つばかり夏、ジェローム12歳。母と共にFongueusemareに逗留する。到着の夕;

jetais precocement muri; lorsque, cette annee, nous revinmes a Fongueusemare, Juliette et Robert men parurent dautant plus jeunes, mais e rvoyant Alissa, je compris brusquement que tous deux nous avions cesse detre entans.>(ポケット版17頁)

拙訳:私は早熟だった。この年にFon..に戻り、JulietteRobert(=弟)をなんとも幼いと感じたのだが、アリサを見て、私たち二人はもう子供ではないと、突然気づいた。

 

2歳上のアリサは14歳。「突然」=brusquementとは「それが起こるとは予期していない」の意が強い。するとジェロームは己が早熟だったとそれまで気づかず、久方ぶりにアリサに再会したとたん、異性として彼女を見た。自身の早熟がアリサを前にして「図らずも」認識された。とまどいから語りが始まる。

jetais requis et retenu pres delle par un charme autre que celui de la simple beaute. Sans doute , elle ressemblait beacoup a sa mere; mais son regard etait dexprresion si differente que je ne mavisai de cette resemblance plus tard. Je ne puis decrire un visage; les traits mechappent, et jusqua couleur des yeux>(23

拙訳:(アリサはjolie綺麗との前文に続いて)見てくれの美しさではない何かの魅力に、私はそれにとりつかれた。彼女は母親(愛人を囲って出奔したクレオール女)に確かに似ている。でも眼差しは異なっている、母親似という事は後になって気づいただけだ。その頃の表情については何も語れない。顔立ちにしても目の色までは思い出せないからだ。

ジェロームは母の期待にこたえて高等師範学校(ecole normale superieure)に入学を果たした。同校はフランス教育制度の頂点に位置し、卒業生は「ノルマリアンnormalian」と尊称を受ける。日本の東大法学部と理解すればよろしいかな。

優秀な成績を得て卒業し、serviceと書かれるがこれはミリタリーサービス徴兵、応召し入隊。期間の3年を騎兵士官として務め、外務省に入職し外交官としてイタリア、シリアパレスチナなど歴訪する。24,5歳であろうか。

年月と来歴に切り取った描写に浮かぶジェロームとは、当時のブルジョア階層エリート青年のまっしぐらな生き様である。学業のあい間にもFongueusemareを訪れアリサと邂逅する。二人がかくも頻繁に出会うのは「交差イトコ」として家族ぐるみの交際があるから。

交差イトコ(cousin croise)とは;

男女イトコの父母のいずれかが兄と妹の関係を持つ。兄を弟、妹を姉としても成り立つ。アリサの父がジェローム母の兄。交差、民族により平行イトコ婚はおおくで実行されている。強制の枠を科さなくとも、結婚相手として優先されるも多い。

叔父(母の兄)の居宅を訪れ、偶然にアリサと出会う風を装うが、実際はアリサに会いたい一心でせっせとパリからジェロームが出向く。ふと出会って庭の小道で、あるいは叔父などにし向けられてベンチでしばし話し合う。こうした出会う様の心の揺れをrecitが追憶として語る。

ジェロームは気だても優しく気遣いはマメそのうえ教育が良い。イトコ同士だから、二人が結婚すれば、(アリサ取り分の)Bucolin家の財産が他家に流れないうえ、政府高官(となるはず)ご令閨なる冠だって載せられる。二人は親族一同から結婚を期待されていた。

しかし、アリサは一向になびかない。

アリサが選んだのは狭き門なのだ。

狭き門とは?

Vauitier師(のちにアリサの母となったクレオール娘を養女にした牧師)の説教をジェロームが聞く

Efforcez-vous dentrer par la porte etroite, car la porte large et le chemain spacieux menent a la perdition, mais etroite est la porte e resserree la qui conduisent a la vie>(ポケット版29マタイ福音書、日本聖書協会訳:狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。

注:perditionとは<ruine de l’ame par le peche>(Robert)罪を犯して魂が荒廃すること。滅びとは借金で潰れる、身体を壊すなど具体性を示さない。罪を犯したら精神が崩れる、そのことを言っている。広い門を選ぶ者(選択を前にして妥協するから、結果として身を罪に染めてしまう。聖書でこれを滅びと戒める。

ジェロームを戦慄させた説教、彼の反応を聞こう;

je voyais cette porte etroite par laquelle il fallait sefforcer denter. Je me la representais comme une sorte de laminoir, ou je mintroduisais avec une douleur extraordinaire ou se melait pourtant un avant-gout de la felicite du ciel. Et cette porte devenait encore la porte meme de la chamber dAlissa; pour entrer je me reduisais, me vidais de tout ce qui subsistait en moi degoisme>(同30頁)

拙訳:説教を聞いて目が開く思いで、通るべき狭き門を心に描くことができた。 それは一種の圧搾機で、通り抜けようとする私に、とてつもない苦しみを覚えさせる。その苦しみの中にこそ至福が混じるとも予感させる。この門はまさにアリサの部屋に通じる門なのだ。縮小し自我のすべてを除いて、空虚にならなければ通り抜けられまい

アリサの「部屋」と門とは、具体的な部屋と入り口を云う訳でない。彼女の精神に近づくに避けて通れない心の門なのだ。

神は2種の門を用意した。一つは誰でもそして大勢でも抜けられる広い門。誰でもとは自我が強く、欲、嫉妬、執着などで心が肥大している人をも含む。彼らにも抜けるに易しい広い門があるから、そちらを選ぶ。狭き門は選ばれた者のみを相手にしている。選ばれたと明確に知る者、そうと自覚している者、そうなりたいと努力する者は、圧縮機(laminoir)に心とおして「縮小」する、自我を心から除去する努力して、狭き門に挑め。

選良なる者に求められる訓練と忍耐、模索と成就。狭き門を通じて神との対峙構造、精神の持ち方をかく、ジッドが教えてくれるのである。

これってデカルトと同じでないかね。

アンドレ・ジッドはカルテジアン(=cartesian)とされる。デカルトdescartesから派生した形容詞、意味に3通りが数えられる。1デカルトが唱えた哲学に関して 2デカルトを信奉する者 3(数学において)解析幾何学。 第4は番外「やたらとへ理屈を弄ぶ(その輩)」辞書には載らないが、多くのフランス人がこれに当てはまるとも。ジッドは1にしてのカルテジアンである。

筆者不明とする処かも知れないが (日本語世界では)ジッドとデカルトとの関連は認知されていない。狭き門の解釈にあたり信仰とそれに起因する行動に焦点を絞っている。それのみではアリサ行動の理解に至らない。

「狭き門」でググって出てくる解釈のある一冊;

then there was Schopenhauers romantic pessimism, the view that the world of history , of conflict, was an illusion that brought nothing pain, that mans salvation was to escape from it into higher ,essential reality to which music and poetry were the purest means of access. Gide went to appreciate Descartes>>

出典はAlain Sheridan Andre Gide a life in the present Harvard uni. Pressから。

(当該冊子は絶版で販売されておらず電子書籍にも登録がないのでネット引用した)

抄訳:(ジッドの思考遍歴の説明の数行の後)ショーペンハウアーに影響を受ける。その見方とは歴史、闘争とは一種の幻想で、苦しみ以外何ももたらさない。故に救済は歴史から離れ、より高い「本質的現実」に上るべきで、音曲詩歌のみを通してそこに到達できる。これを受けてジッドはデカルトに傾倒してゆく

引用をカンコツ奪胎してまとめると;

人の世とは苦しみばかり。救いはより高みにある本質現実,essential realityに立ち上ることだ。それは現実ではなく文芸、思考の世界に存在する。デカルトがその道を教えている。

この本質現実がliberte dindifferenceである。ショーペンハウアーの「本質的現実」にデカルトの「無関心の自由」を重ねた心情がジッドの伝える狭き門であると言える。

日本語表現に言い換えて「虚心坦懐で選択し、喜びも後悔もしない」が近いか。

 

作品「狭き門」に戻ろう。生き様を選ぶ瞬間がアリサに訪れる。

<<non, Jerome, non, ne nous fiancons pas, je ten prie. =中略= Mais cest moi qui peux te demander pourqoi changer? =中略= Tu te meprends, mon ami : je nai pas besoin de tant de bonhneur. Ne sommes-nous pas heureux ainsi?ポケット版59)>>

拙訳いいえ、ジェローム、私たちは婚約しないのよ、お願い。 なぜってあなたが尋ねるけれど、そうしたいのは私の方よ。今の間柄をなぜ変えたいの。ジェローム、あなたは私を見誤っているのよ。これ以上の幸せなんて私たち、要らない。このままでも幸福でしょう。

婚約(fiancailles)を求めるジェロームにアリサが「きっぱりと」断るくだり。きっぱりの様がnonに続く否定を幾度か並び立てる文脈に浮き出る。さらに、meprendsmeprendre 二人称単数形で、あまり用いられないこの動詞の意はse tromper une personne pour une autreある人を別の人と取り違える(le robert)とある。兄を弟と見違えるなどの誤解が一義だが、精神の取り違えとしてジッドは使った。「アリサにしても私、ジェロームにまんざらではないはず」と彼が勘違いした。

アリサが反発する面の裏にはfiancailles(婚約儀礼)がある。

単に二人の約束ではなく、近隣縁者への公知と祝宴が含む。舞台は1880年代。ノルマンディ名流の両家の婚約ともあれば、さぞかし華やかな式典になった筈だ。式の次第に神父が呼ばれる(新教徒なので牧師)。式は俗であるが牧師の説教で神が介在することにつながる。結婚を神へ約すのだ。ここがアリサに受け入れられなかった。かたくなな否定で対話を断った裏に神がいた。他の場面を探すと。

<<Quant a tes success, je puis a peine que je ten felicite, tant ils me paraissent naturels. =中略= Tu auras compris, nest-ce pas, pourqoi je te priais de ne pas venir cette annee =中略= Parfois involontairement je te cherche; je tourne la tete brusqument. Il me semble que tu es la!>>(ジェロームに宛てたアリサの手紙 同99

拙訳あなたの成功学業についてはおめでとうとすぐに祝福するわ。だってそれって、当たり前だから。それと、今年はもう来ないでと願った理由には察しがつくでしょう。それでも私、無意識にふと振り向いたりするのよ。あなたがそこに立つのかと感じてしまう。

A peineは(よく使われる)「何とかようやくにも」ではなく、古めかしい言い方ながら「すぐにでも」としたい。そんな古い表現をすんなり使う作家であるから。

引用文の後半では夏の休暇に訪れる習慣を持つジェロームに、今年は来ないでと言い切って、しかしふと(毎夏のように)あなたがそこに立っている気がするなどと曰う。滲む心は「混乱」である。混乱の果てにジェロームと会ってはならない。選択を下した過程に「無関心の自由」があった。

極めつきの混乱はアメジストの首飾りである。

ジェロームがフォングーズマールから出立する前日、アリサとの会話で

<<Elle reflechit un moment, puis ; Le soir ou descendant pour diner, je ne porterai pas a mon cou la croix damethyste que tu aimes.. comprends-tu?

      Que ce sera mon dernier soir.

      Mais sauras-tu partir, reprit-elle, sans larmes, sans soupirs.125

拙訳;アリサは一時の間をおいて、今日の夕餉に下りるとき、私の首に、あなたが好きなあのアメジスト十字の首飾りを見つけられなければー

それが最後の夕食となる

そう、あなたは出て行くのよ。涙の一滴、ため息の一つなぎもアリサは見せなかった。

夕食のテーブル、胸はアメジストで飾られていない。アリサの構えは厳峻そのものだった。自由、無関心の選択である。

デカルトは人とは判断、選択を実行する際に自由であるべしと規定し、その精神作用にはvolontefaculteが交差するところであるとした(=Doute et liberte chez Descartes,Par chevetネットより)。

volonte(意志)が先にあって選択条件を解析する。選び分けて決定を促すまでがvolonteの役目で、実行するのはcapacite(能力)。アリサ選択の緊迫場面にこれを当てはめると、ジェロームから婚約を求められても頷いたら神への誓いを破るから、「無理よ」とはねつける。ここまでがvolonte。「否、今のままで良いのよ」とジェロームに持って告げる勇気がcapaciteである。アメジストの首飾りにしても「ジェローム、居続けて」対「パリに帰って」の択一が「居続けると面倒、戻ってちょうだい」、首飾りははずし勇気を胸にして夕餉に臨んだ。volontecapaciteの行程と分担役割はデカルトの教えるままである。

さらにデカルトは選択の過程、および結果においてindifferent(無関心)たれとも教えてくれた。Aを選べば金持ちになる、幸せな結末が待っているなど損得に拘るなとの教えである。

デカルトの自由(liberte dindifference)をジッドはアリサ、ジェロームに謳わせた。

 

アリサにおけるvolonteは信仰、charite愛である。ではcapaciteは、vertuなる分かりにくい語が後半、幾度か引用されている。投稿子にしてこれは「美徳」と当初、解釈した。「徳」があるからに、座っているだけで人を引きつける輝きみたいな、内面に潜む受け身の精神と理解してしまった。するとvertuと信仰volonteともに内在する精神となって差が不明になる。生半可な理解が正しい解釈を阻む典型例であったと猛反省した。辞書を開こう;

1の義にenergie morale, force dame  2)にはforce avec laquelle lhomme tend au bien.とある(le robert)エネルギーであり、人を良きに維持する力である。(正しい)決断力とある。これを取ろう。volonteが精神ならvertuは実態、行動である。

かく解釈すればデカルトのvolontecapaciteの構図を、アリサ内部での「信仰charite

対決断vertu」になぞらえる。

 

vertuの下りを引用すると;

Non Jerome, ce nest pas la recompense future vers quoi sefforce notre vertu. Lidee dune renumeration de sa peine est blessante a lame bien nee(164)

Combien heureuse doit etre lame pour qui vertu se confondrait avec amour! Parfois je doute sil est dautre veru que daimer, daimer le plus possible et toujours plus.Mais certains jours, la vertu ne mapparait plus que comme une resistance a laour(165)

拙訳;ジェローム、違うわ。将来の報酬を求めるために私たち、決断するのではない。苦しみに対する報酬という考え方は信仰深い心を傷つける。(recompence, renumerationともに報酬と訳した。

注:前者は喪失への慰め、一種、宗教的意味もこもる。後者は「努力した対価報酬」として具体的、経済的意味が強い語を後付けしている。また前者に定冠詞、後者には不定冠詞がつくのは、「実質の報酬」の中身を曖昧にしているとの文脈で、アリサの立ち位置を高尚にさせるーと投稿子は解釈する。

拙訳続き;もし愛と決断が本心で融合していたらその心って、なんと幸せかしら。妾(わたし)時々考えてしまう、愛する以外の決断ってあるのかしらと。可能な限り愛する、いつもそれ以上に愛するという愛を。でもある日かならず、正しく決断するとは、愛を否定することと思えてしまう(165頁)

決断の過程とその結果、またもアリサは「無関心の自由」を実践しているのだ。

後半にジェロームの語にアリサの日記が続く。そして状景が一変する。デカルトが一句一行にも教えてくれない自由をアリサジェロームが体験した。

(カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ 一部の了)

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   カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ 1 の了  

   カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ 2  
   

2歳上のアリサは14歳。「突然」=brusquementとは「それが起こるとは予期していない」の意が強い。するとジェロームは己が早熟だったとそれまで気づかず、久方ぶりにアリサに再会したとたん、異性として彼女を見た。自身の早熟をアリサを前にして「図らずも」認識した。少年のとまどいから語りが始まる。

<<jetais requis et retenu pres delle par un charme autre que celui de la simple beaute. Sans doute , elle ressemblait beacoup a sa mere; mais son regard etait dexprresion si differente que je ne mavisai de cette resemblance plus tard. Je ne puis decrire un visage; les traits mechappent, et jusqua couleur des yeux>>(23

拙訳:(アリサはjolie綺麗との前文に続いて)見てくれの美しさではない何かの魅力に、私はそれにとりつかれた。彼女は母親(愛人をつくって出奔したクレオール女)に確かに似ている。でも眼差しは異なっている、母親似という事は後になって気づいただけだ。その頃の表情については何も語れない。顔立ちにしても目の色までは思い出せないからだ。

ジェロームは母の期待にこたえて高等師範学校(ecole normale superieure)に入学を果たした。同校はフランス教育制度の頂点に位置し、卒業生は「ノルマリアンnormalian」と尊称を受ける。日本の東大法学部と理解すればよろしいが、エリート性の度合いの比較において高等師範が優勢であろう(私見です)。

 

規定5年の課程で優秀な成績を得て卒業し、serviceと書かれるがこれはミリタリーサービス徴兵、応召し入隊。期間の3年を騎兵士官として務め、外務省に入職し外交官としてイタリア、シリアパレスチナなど歴訪する。24,5歳であろうか。

年月来歴に切り取った描写に浮かぶジェロームとは、当時のブルジョア階層エリート青年のまっしぐらな生き様である。学業のあい間にもFongueusemareを訪れアリサと邂逅する。二人がかくも頻繁に出会うのは「交差イトコ」として家族ぐるみの交際があるから。

交差イトコ(cousin croise)とは;

男女イトコの父母のいずれかが兄と妹の関係を持つ。兄を弟、妹を姉としても成り立つ。アリサの父がジェローム母の兄。より近親関係のイトコとは双方とも兄弟姉妹の父母、すなわち男Aの父と女Bの母は兄妹で、前者の母と後者の父も弟姉となる二重の交差関係を持つ。これをcousin germainゲルマンのイトコ(仮訳)と呼ばれ、婚姻の相手である。仮訳としたのは、日本語訳がないからである。

交差イトコ婚はおおくの民族で実行されている。

結婚の相手として優先的に選ばれてもいる。

叔父(母の兄)の居宅を訪れ、偶然にアリサと出会う風を装うが、実際はアリサに会いたい一心でせっせとパリからジェロームが出向く。ふと出会って庭の小道で、あるいは叔父などにし向けられてベンチでしばし話し合う。こうした出会う様の心の揺れをrecitが追憶として語る。

ジェロームは気だても優しく気遣いはマメそのうえ教育が良い。イトコ同士だから、二人が結婚すれば、(アリサ取り分の)Bucolin家の財産が他家に流れないうえ、政府高官(となるはず)ご令閨なる冠だって載せられる。二人は親族一同から結婚を期待されていた。

しかし、アリサは一向になびかない。

アリサが選んだのは狭き門なのだ。

狭き門とは?

Vauitier師(のちにアリサの母となったクレオール娘を幼女にした牧師)の説教をジェロームが聞く

<<Efforcez-vous dentrer par la porte etroite, car la porte large et le chemain spacieux menent a la perdition, mais etroite est la porte e resserree la qui conduisent a la vie>>(ポケット版29

マタイ福音書、日本聖書協会訳:狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。

perditionとは<ruine de l’ame par le peche>罪を犯して魂が荒廃すること(Robert)滅びとは借金で潰れるなどを示さない。罪を犯す、そのことを言っている。広い門を選ぶ者は罪に身を染めてしまう。これを聖書で滅びと戒める。

説教がジェロームを戦慄させた。彼の言い分を聞こう;

<<je voyais cette porte etroite par laquelle il fallait sefforcer denter. Je me la representais comme une sorte de laminoir, ou je mintroduisais avec une douleur extraordinaire ou se melait pourtant un avant-gout de la felicite du ciel. Et cette porte devenait encore la porte meme de la chamber dAlissa; pour entrer je me reduisais, me vidais de tout ce qui subsistait en moi degoisme>>(同30頁)

拙訳:説教を聞いて目が開く思いで、通るべき狭き門を心に描くことができた。 それは一種の圧搾機で、通り抜けようとする私に、とてつもない苦しみを覚えさせる。その苦しみの中にこそ至福が混じるとも予感させる。この門はまさにアリサの部屋に通じる門なのだ。縮小し自我のすべてを除いて、空虚にならなければ通り抜けられまい>>

アリサの「部屋」と門とは、具体的な部屋と入り口を云う訳でない。彼女の精神に近づくに避けて通れない心の門なのだ。

神は2種の門を用意した。一つは誰でもそして大勢でも抜けられる広い門。誰でもとは自我が強く、欲、嫉妬、執着などで心が肥大している人で、通るに易しい広い門があるから、そちらを選ぶ。狭き門は選ばれた者のみを相手にしている。選ばれたと明確に知る者、そうと自覚している者、そうなりたいと努力する者は、圧縮機(laminoir)に心とおして「縮小」する、自我を心から除去する努力して、狭き門に挑め。

選良なる者に求められる訓練と忍耐、模索と成就。狭き門を通じて神との対峙構造、精神の持ち方をかく、ジッドが教えてくれるのである。

これってデカルトと同じでないかね。

アンドレ・ジッドはカルテジアン(=cartesian)とされる。

「狭き門」でググって出てくる解釈のある一冊;

<<then there was Schopenhauers romantic pessimism, the view that the world of history , of conflict, was an illusion that brought nothing pain, that mans salvation was to escape from it into higher ,essential reality to which music and poetry were the purest means of access. Gide went to appreciate Descartes>>

出典はAlain Sheridan Andre Gide a life in the present Harvard uni. Pressから。

(当該冊子は絶版で販売されておらず電子書籍にも登録がないのでネット引用した)

抄訳:(ジッドの思考遍歴の説明の数行の後)ショーペンハウアーに影響を受ける。その見方とは歴史、闘争とは一種の幻想で、苦しみ以外何ももたらさない。故に救済は歴史から離れ、より高い「本質的現実」に上るべきで、音曲詩歌のみを通してそこに到達できる。これを受けてジッドはデカルトに傾倒してゆく

引用をカンコツ奪胎してまとめると;

人の世とは苦しみばかり。救いはより高みにある本質現実,essential realityに立ち上ることだ。それは現実ではなく文芸、思考の世界に存在する。デカルトがその道を教えている。

この本質現実がliberte dindifferenceである。ショーペンハウアーの「本質的現実」にデカルトの「無関心の自由」を重ねた心情がジッドの伝える狭き門であると言える。

日本語表現に言い換えて「虚心坦懐で選択し、喜びも後悔もしない」が近いか。

 

作品「狭き門」に戻ろう、

<<non, Jerome, non, ne nous fiancons pas, je ten prie. =中略= Mais cest moi qui peux te demander pourqoi changer? =中略= Tu te meprends, mon ami : je nai pas besoin de tant de bonhneur. Ne sommes-nous pas heureux ainsi?ポケット版59)>>

拙訳いいえ、ジェローム、私たちは婚約しないのよ、お願い。 なぜってあなたが尋ねるけれど、そうしたいのは私の方よ。今の間柄をなぜ変えたいの。ジェローム、あなたは私を見誤っているのよ。これ以上の幸せなんて私たち、要らない。このままでも幸福でしょう。

婚約(fiancailles)を求めるジェロームにアリサが「きっぱりと」断るくだり。きっぱりの様がnonに続く否定を幾度か並び立てる文脈に浮き出る。さらに、meprendsmeprendre 二人称単数形で、あまり用いられないこの動詞の意はse tromper une personne pour une autreある人を別の人と取り違える(le robert)とある。兄を弟と見違えるなどの誤解が一義だが、精神の取り違えとしてジッドは使った。「アリサにしても私、ジェロームにまんざらではないはず」と彼が勘違いした。

アリサが反発するもう一面の裏にはfiancailles(婚約儀礼)がある。

単に二人の約束ではなく、近隣縁者への公知と祝宴が含む。舞台は1880年代。ノルマンディ名流の両家の婚約ともあれば、さぞかし華やかな式典になった筈だ。式の次第に神父が呼ばれる(新教徒なので牧師)。式は俗であるが牧師の説教で神が介在することにつながる。結婚を神へ約すのだ。ここがアリサに受け入れられなかった。かたくなな否定で対話を断った裏に神がいた。他の場面を探すと。

<<Quant a tes success, je puis a peine que je ten felicite, tant ils me paraissent naturels. =中略= Tu auras compris, nest-ce pas, pourqoi je te priais de ne pas venir cette annee =中略= Parfois involontairement je te cherche; je tourne la tete brusqument. Il me semble que tu es la!>>(ジェロームに宛てたアリサの手紙 同99

拙訳あなたの成功学業についてはおめでとうとすぐに祝福するわ。だってそれって、当たり前だから。それと、今年はもう来ないでと願った理由には察しがつくでしょう。それでも私、無意識にふと振り向いたりするのよ。あなたがそこに立つのかと感じてしまう。

A peineは(よく使われる)「何とかようやくにも」ではなく、古めかしい言い方ながら「すぐにでも」としたい。そんな古い表現をすんなり使う作家であるから。

引用文の後半では夏の休暇に訪れる習慣を持つジェロームに、今年は来ないでと言い切って、しかしふと(毎夏のように)あなたがそこに立っている気がするなどと曰う。浮き出るアリサの心は「混乱」である。

混乱の果てにジェロームと会ってはならない。選択を下した過程が苦渋。ここに「無関心の自由」があった。

極めつきの混乱はアメジストの首飾りである。

ジェロームがフォングーズマールから出立する前日、アリサとの会話で

<<Elle reflechit un moment, puis ; Le soir ou descendant pour diner, je ne porterai pas a mon cou la croix damethyste que tu aimes.. comprends-tu?

      Que ce sera mon dernier soir.

      Mais sauras-tu partir, reprit-elle, sans larmes, sans soupirs.125

拙訳;アリサは一時の間をおいて、今日の夕餉に下りるとき、私の首に、あなたが好きなあのアメジスト十字の首飾りを見つけられなければー

それが最後の夕食となる

そう、あなたは出て行くのよ。涙の一滴、ため息の一つなぎもアリサは見せなかった。

夕食のテーブル、胸はアメジストで飾られていない。アリサの構えは厳峻そのものだった。自由、無関心の選択である。

デカルトは人とは判断、選択を実行する際に自由であるべしと規定し、その精神作用にはvolontefaculteが交差するところであるとした(=Doute et liberte chez Descartes,Par chevetネットより)。

volonte(意志)が先にあって選択条件を解析する。選び分けて決定を促すまでがvolonteの役目で、実行するのはcapacite(能力)。アリサ選択の緊迫場面にこれを当てはめると、ジェロームから婚約を求められても頷いたら神への誓いを破るから、「無理よ」とはねつける。ここまでがvolonte。「否、今のままで良いのよ」とジェロームに持って告げる勇気がcapaciteである。アメジストの首飾りにしても「ジェローム、居続けて」対「明日にパリに戻って」の択一への判断が「居続けると面倒、戻ってちょうだい」、勇気を胸にして首飾りをはずし夕餉に臨んだ。volontecapaciteの行程と分担役割はデカルトの教えるままである。

さらにデカルトは選択の過程、および結果においてindifferent(無関心)たれとも教えてくれた。Aを選べば金持ちになる、幸せな結末が待っているなどの利益損出などには拘るなとの教えである。ジェロームが牧師の説教を聞き、狭き門を抜けるとは利己主義を捨て去ることと天啓に打たれるが如く体得した。デカルトの自由(liberte dindifference)を作者ジッドは共鳴しアリサ、ジェロームに謳わせた。

アリサにおけるvolonteは信仰、charite愛である。ではcapaciteは、

vertuなる分かりにくい語が後半、幾度か引用されている。投稿子にしてこれは「美徳」と当初、解釈した。verite(真実)と結びつけていたし、「徳」があるからに、座っているだけで人を引きつける輝きみたいな、内面に潜む受け身の精神と理解してしまった。するとvertuと信仰volonteともに内在する精神となって差が不明になる。生半可な理解が正しい解釈を阻む典型例であったと猛反省した。辞書を開こう;

1の義にenergie morale, force dame  2)にはforce avec laquelle lhomme tend au bien.とある(le robert)エネルギーであり、人を良きに維持する力である。(正しい)決断力とある。これを取ろう。volonteが精神ならvertuは実態、行動である。

かく解釈すればデカルトのvolontecapaciteの構図を、アリサ内部での「信仰charite

対決断vertu」になぞらえる。

 

vertuの下りを引用すると;

<<Non Jerome, ce nest pas la recompense future vers quoi sefforce notre vertu. Lidee dune renumeration de sa peine est blessante a lame bien nee>>(164)

<<Combien heureuse doit etre lame pour qui vertu se confondrait avec amour! Parfois je doute sil est dautre veru que daimer, daimer le plus possible et toujours plus.Mais certains jours, la vertu ne mapparait plus que comme une resistance a laour>>(165)

拙訳;ジェローム、違うわ。将来の報酬を求めるために私たち、決断するのではない。苦しみに対する報酬という考え方は信仰深い心を傷つける。(recompence, renumerationともに報酬と訳した。前者は喪失への慰め、一種、宗教的意味もこもる。後者は「努力した対価報酬」として具体的、経済的意味が強い語を後付けしている。また前者に定冠詞、後者には不定冠詞がつくのは、「実質の報酬」の中身を曖昧にしているとの文脈で、アリサの立ち位置を高尚にさせるーと投稿子は解釈する)

拙訳続き;もし愛と決断が本心で融合していたらその心って、なんと幸せかしら。妾(わたし)時々考えてしまう、愛する以外の決断ってあるのかしらと。可能な限り愛する、いつもそれ以上に愛するという愛を。でもある日かならず、正しく決断するとは、愛を否定することと思えてしまう(165頁)

決断の過程とその結果、またもアリサは「無関心の自由」を実践しているのだ。

後半にジェロームの語にアリサの日記が続く。そして状景が一変する。デカルトが一行にも教えてくれない自由をアリサが体験した。

 

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    カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ 2 の了  
     カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ 3  
   

アリサは家出する。家出は多くが予告なしで実践する。アリサも予告しなかった。

義弟(ジュリエットの連れ合い、ワイン製造業)は仕事を放り出し、アリサを探しにパリを奔走する。発見した時は手遅れ、誰にも看取られず慈善病院で死んでいた。信仰chariteと行動vertuの「自由」を迷いなく実行したあげくの孤独死であった。

遺品の小荷物に封書が発見され宛先はジェロームへと記されていた。公証人を通して彼に送られた。その中身「アリサの日記」が最終章に掲載される。ジェロームの語りrecitの最終はそれを開けたジェロームの落胆ぶり;

Vous imaginerez suffisamment les reflexions que je fis en les lisant et le bouleversement de mon coeur que je ne pourrais que trop imparfaitement indiquer (ポケット版155)

拙訳;日記を読んだ驚きは筆舌に尽くせないほど、あなた方(読者)は私Jeromeの反応(reflexions)を十分に理解できるであろう。

reflexionは光や音の反射が第一義、二義に熟慮反省とある(スタンダード辞書)。この「熟慮」を調べるとretour de la pensee sur elle-meme en vue dexaminer plus a profond une idee, une situation, un probleme (robert)とある。考え方、状況、課題にたいしてより深さを追求するためそもそもの思考に立ち戻る>となる。ジェローム場合にはかつてアリサと交流していた頃に立ち戻り、あれらの時の状況=situationを思い起こし、彼女との交流の様を見なおした。と投稿子は解釈する。

ジェローム視点で語られた本章recit、その筋とは全く異なるアリサ心情が、面々と死者の日記に綴られていた。アメジスト首飾りのくだりをアリサの視点で見ると;

Jerome! mon ami, toi que jappelle encore mon frere, mais que jaime infiniment plus quun frere(ジェローム、友よ、おまえを未だ弟と呼んでいる私だが、実は弟よりも限りなく愛している)この日付は930日、一日おいて

Javais egalement pris sur moi la croix damethyste quil aimait et que je portais chaque soir, un des etes passes, aussi longtemps que je ne voulais pas quil partit>(173

拙訳;彼がお気に入りのあの十字のアメジストをずっと着していた過ぎ去ったあの夏、毎夕それを着けていたのは、彼が出発するなどいかなるほどにも望まなかったから。

ジェロームお気に入りを一夏、毎夕(chaque soir)着したとアリサは語る。しかし本文では、首飾りを着せず夕餉の卓に座ったアリサを目にしたからその夕に、ジェロームは出立した。意志を知らせる肝心なあの場に、アリサは着さなかった。

毎夕に、一方ではあの夕べには外された、二人の言い分の隔たりをなんと理解するか。

「好きだけど出て行ってよ、でも本当に出て行くなんてがっかり、冷たい仕打ちね」

こんな言い回しは巷で囁かれる女と男の恋の駆け引きである。ならばジェロームの本心を験したアリサが負けてしまったか。しかしジッドが伝える二人の行動は、やりとり駆け引きの恋愛モザイク模様の上っ面ではない。ジッドはサガンとは異なる。

本題「カツ丼の自由一部」最終行で「デカルトが一句一行にも教えてくれない自由をアリサが体験」と記した。心をさいなむ自由、苦しみの善行、孤絶と周囲の閉塞、一人で噛みしめる苦い自由である。

アリサ本心は;

「胸飾りを着しない、そしてジェロームには居てほしい。衣装と心の食い違い、この冷たい真実に、思いの丈を馳せてくれるなら、居つづけてほしいと希求する私に気づくはず」と乞い願っているのだ。

別の一節では;

Cher Jerome, je taime toujours de tendresse infinite; mais jamais plus je ne pourrais te le dire. La contrainte que jimpose a mes yeux, a mes levres, a mon ame, est si dure que te quitter mest deliverance et amere satisfaction>(167

拙訳:親愛なるジェローム、いつもお前を無限の優しさで愛している。しかしお前にそれを告白できなかった。私の目、唇、心にまできつい束縛を課しているのだから。お前を去らせてしまう、それは私の解放で、喜びはとっても苦い。

解放の苦さは狭き門であると。

この自由を求めるアリサの心の内をvolontecapaciteの相克と読みたい。これらはデカルトの言葉でこれをジッドはcharite愛とvertuに置き換える。

chariteを求めるアリサには世俗の愛は受け入れられない。神から授かった愛charite、その行動としてのvertuにジェロームへの愛を取り込まんと悩む。

意志と行動が対立する自由をデカルトは語らなかった。彼にありvolontecapaciteに断絶はあり得ない。volonteを確立すればcapaciteは自ずと湧き上がると断言している。これが17世紀の人文主義であろう。

狭き門の出版は1909年、1869年生まれジッドの精神風土の土台とは19世紀後半である。デカルトとは2世紀の隔たりが世情の変わりを産み出した。格闘する自由をジッドが描いたのだ。

 

アリサの死の10年の後、ジェロームは南仏ニームに居を構えるジュリエット(アリサの妹)を嫁ぎ先のテシエール家に訪れる。ジュリエットと二人だけの面会の場、生まれて間もない娘の代親(parrain)をジェロームが頼まれた。(181頁から引用)

Mais j’accepte volontiers, si cela doit t’etre agreeable, dis-je, un peu surpris, en me penchant vers le verceau. Quel est le nom de ma fillette?

-Alissa…repondit Juliette a voix basse. Elle lui ressemble un peu, ntrouves-tu pas?

拙訳;でも、ええ、君にとってそれが良ければと答えた。少し驚いた口調だったろう。揺りかごに身をかがめながら尋ねた。この子の名は。

-アリサ、返事は一言。それはとても厳かな声だった。この子、彼女に少し似ている、そう見えるでしょう。

Parrainは洗礼式でその子を抱く役割の代理父親、名付け親とも訳される。

洗礼式だけではなく後々の面倒を見ると期待され、多くは近縁近隣の年長者に依頼される。ジェロームは母方、南仏には縁もなく度々に訪問する訳でもない。そのうえ未婚。申し出に意表をつかれた。子に「fillette」を用いたが「娘っこ」なる意が近い。名付け娘にはfilleulleが正しい。このシーンで用語を間違うジッドはあり得ない。あわててしまい、正しい語が口から出なかったジェロームの驚きを伝えた。赤子のアリサの手を優しくジェロームが握る。その様を見てジュリエット「家庭での立派な父親になれるわ」笑みを浮かべながらも問い詰める口調は;

Qu’attends-tu pour te marier?

-D’avoir oublie bien des choses

-Que tu espere oublier bientot?

-Que je n’espere pas oublier jamais.

拙訳;(二人の会話)ジュリエット:結婚するのに何を待っているの?

ジェローム:多くを忘れ去る事

ジュリエット:そのうちに忘れると願うの

ジェローム:決して忘れないと願っている

アリサへの思い出を持ち続け、忘れまいとジェロームは誓う。決意を貫くことが彼の自由であり選択である。volonte発心はアリサへの愛、今となっての勇気capacitevertu)とは、あの日々の記憶を持ち続ける。

デカルトの教える「無関心の自由」はジッド分身のジェロームに色濃く残る。

 
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