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カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ 
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201896日)

カツ丼を食らったのは投稿子の友人K氏、アリサとは名高いき小説かの「狭き門」(=La porte etroite,アンドレレ・ジッド作)の女主人公。二人の「自由」には、その起因を促す様々な事由というか、あるいは様式美なのか、埋めように穴の底すら見えない深い差異が認められる。しかしその落差はレヴィストロース(Claude Levi-Strauss, 哲学者人類学者2009年没)の構造主義が解決するとの三題噺。早速ながら筋を進めていこう。

 

K氏について本ブログで時折、紹介している。最近は(テポドンテンコテンコ、本年117日、ボロロ族の遺構発見さる、同16日)でその活動あるいは珍走ぶりを取り上げている。人となりになどご興味がある訪問者には、ブログ投稿日カレンダーから入ってください、ググってもページに入れます。

 

チャビなる犬を連れて散歩の途中、ちょくちょくと弊屋に立ち寄るのだが、このところ姿を見せなかった。本年8月、連日の猛暑が一休みした3日間の中日、18日土曜日の夕刻、犬散歩の道すがら、久方ぶりに訪れてきた。開口一番、

「働きだしたんで散歩の暇もなくなった」

なるほど、チャビ犬の、普段にましての不満げ犬面のウラが散歩、減った回数だったか。投稿子はチャビの鼻面のシワの具合で納得した。しかし、K氏は62歳で退職してすでに数年が経過している。初老とされる年代である。それでも「働きグチ」が見つかるとは驚きだ。

「そうでもない、今の世の中、どこにいっても人手不足、職探しにハローワークを覗いたその日に決まった」

人手不足とは聞いている。求人倍数なる統計数字が新聞に出るが、東京では2倍を越す勢いがこのところ続いているとか。2倍とは、求職者一人に2の求人があるとの意味である。ほんの5年前、民主党政権時代には探しようにも一件も見つからなかった。あの時期の就職難とは様変わりだ。

「仕分けにパソコンデータ入力、外出、出張などの経費管理、ほかにも…..

仕事中身を聞くと経理の下働き兼雑用全般。かつては簿記3級など資格を持つ方がさらなる資格向上をねらうためのキャリアプランの位置付けだった。その多くは若い女子であったが、その女子も不足しているのだろう。

「一日5時間、週4回。この歳になったら週40時間プラス残業なんて社員仕事はこなせない。小遣い稼ぎで十分だし、家に居ないだけでも感謝されているよ」

チャビ犬の「グワン」無駄話はさっさとやめて散歩の続きに出ようとの催促である。しかしK氏はその無駄話を続ける。

「一つだけ困っている。それが昼飯なのだ」

同僚あるいは上司、といっても歳はK氏よりも2世代3世代若い。12時の鐘が合図で部屋に残る3人か4人、揃って事務室を出る。階段を下りて出た街角は豊田の駅前、イオンの横といえばその場所も分かろう。

豊田は東京日野市の地名。発音はトヨダと濁る。地元民はトヨダァと濁りを強調するが、それがこの地の氏素性。濁らないトヨタは愛知県、財政的な優良さは全国でトップと聞く。

さてその「ダ」の方の名を冠する駅がJR中央線にある。駅近くにスーパーが建設されたのは3年まえ。今は、町並みにすっかりとけ込んでいるとか。投稿子の住まいは同じ市内といえども遠く離れているので人通り活況な様も想像できないけれど。

 

「何を食うかで意見が異なる。3人で出れば3人の好みが違う、4人となったらその好みの偏差がなおさらずれる。まとまらないのだ」

「この暑い盛りだろう、儂ならソウメンとかザル一枚で決まりだけれど」

「これを言っちゃなんだが、そりゃあ、あんたは仕事してないから、腹も減らないだけだよ。こっちは通勤の混雑でへたれてそれでも午前のうち、一切まとめなくてはならねぇ書類だ、資料の集めにパソコン打ち。そんな作業なら簡単と言うな、額に汗して邁進し、ともかく一束のデータはパワーポイント、手にしたとたんに腹が減る」

急に強気になったK氏、これも仕事のおかげか。チャビ犬の再度の催促の「グワン」も気にとめず、

「道ばたで何を食うかと打ち合わせるけど、焼きそば、天丼、親子丼、焼き魚定食などが皆から提案される。しかしこれが気に入らない」

「とは」

「カツ丼なのだ。断然に絶対、必ず毎日カツ丼だ。天丼屋、親子丼屋は願い下げだ、カツ丼を食うためにはトンカツ屋に入らなければならない」

確かに理屈だ。

しかしなぜ、かくもカツ丼にK氏は拘泥するのか。

彼の世代の生き様を知ることでその複雑感情が納得できる。K氏が10代、投稿子も同じ世代に属するからこの事情は推察できるが、その頃テレビで刑事モノが流行だった。デカこと刑事とは捜査する。これを探りを入れるとも伝える。容疑者(ホシと呼んでいた)をしょっぴいて(逮捕して)、拘置所ならぬ代用監獄(警察署にある豚箱のこと)に拘束する、これがぶち込む。期限の10日の間に供述させねばならない。これを尾籠ながら、ゲロを吐かせるともテレビでは盛んに流していた。

しかしホシだって簡単には吐かない。「そりゃ私じゃあありませんよ」と否定する。10日目を前にした9日目の夕食、そこで出てくるのがこの言葉。

「おまえ、カツ丼でも食うか」

しかしホシは沈黙を続ける、下を向いたままながらわずかに肩を揺するのは感情の起伏があるから。次のデカの言葉は「儂のおごりだ、特上大盛りを頼んでおいた」

ここでホシがワアーと泣いて叫んで「刑事さん、すべて話します」

供述が始まる。

必ずカツ丼だった、天丼親子丼は出てこない。うな丼になったら現実味がなくなる。

故に、カツ丼は悪しき心を揺るがせ、魂の不浄を清浄に変え、罪人を善の道に導く神聖な食い物なのだ。

「昼飯に、儂は必ずカツ丼を提案する、カツ丼を食とは儂の自由の心を担保しているのだ」

神に近づく食い物のカツ丼を選ぶのが、K氏の自由だったとは。これには気づかなかったけれど、投稿子は考えた。「この自由は歪んでおる」

 

自由カツ丼、アリサの勝手でしょ 1 の了 (次回予定は98日)