前回に作成したPDF
神話システムズは二重三角である。写真クリックでPDFに

本投稿で新規に作成したPDF(上のPDFと併せ読むと理解が速い)



神話の鏡像化(ラセミスム)を説明した。
写真(部分)クリックでPDFに


下は神話の構成を分析したPDF
(前回に投稿した)

二重三角の上は思想、すなわちメタ神話であることの説明(3頁PDFの一頁目)






水鳥アビ(本書の挿絵)
湖底に棲む
奇怪な鳴き声
食えない肉
ヒト心臓の首飾り(由来)
で反文化である


神話の構成図(本書87頁)の分析を2のPDFで解説しています(右コラムにリンク)レヴィストロースが提案するracemique”葡萄酸化”なる現象をヒトの思考に共通な手順と敷延して、それを神話の「鏡像化」と発展させた。皆様のご批判を乞う。レヴィストロースがこれを提唱したとの事実はまだ検証されていないから、部族民通信の提案です。
蕃神

 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2020年3月31日
 
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「裸の男」を読む 続き 下 (人類学) 2020年3月31日

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アビ女の行動が向かう方向は火の無い場所(湖底)、同盟を持たずに孤立である。これは「反文化」であり、神話個々のエピソードを取っても本来の目的、それが文化を形成するのであるが(PDF参照)、に反している。前回投稿では例として弓矢を挙げた。その目的は食べる肉を獲得する用具であるはずだが、食べられない肉(水鳥アビ)を獲り、羽毛をむしって湖底に棄てた(Yana族伝承版)。

レヴィストロースは「行動としての文化要素」とそれらベクトルが向かう文化(これがイシスの冒険神話の主題)と、その正反であるアビ女神話(行動も向かう先も反文化)を併せてと同類と理解せよと示唆する(前のリンクのPDF2頁目)

この辺りを「裸の男」本文から引用する;

La premiere partie de ce livre a permis de produire des mythes dont le heros est un denicheur d’oiseau. Dans la deuxieme partie nous avons introduit le mythe de Dame Plongeon qui transforme l’autre de plusieurs facon<(本書94頁)

訳;本書の第一部で登場した幾つかの神話(イシスの冒険神話)はその主人公が「鳥の巣あらし」神話の英雄を彷彿とさせている。第二部でアビ女(Dame Plongeon)神話が取り上げられるが、それはこのヒーロー(イシス)を様々な形式で変容させている。

続けて

A divers egards, ces transformations equivalent a des inversions : heros pietine au lieu d’exhausse, origine des anti-parures ( colliers de coeurs humains) arachees par une femme a ses freres , remplacant l’origine des parures ( piqunts de porc-epics) prodigues par un hommme a ses epouses, etc.(同)

訳;それらの変容は、様々な手段を経由するも、幾通りかの「逆位」の様を見せる。例としてヒローは高みに追いやられる替わりに地に踏みつけられる。アビ女神話では女が男の心臓を抜き取り己の首飾りにする。ここでの装飾は「反装飾」である。本来の装飾(ヤマアラシの棘毛)は男がそれを取り女(婚約者、あるいは姑となる女)に贈るのであるから。

ここで

1      イシスの冒険神話は南米の鳥の巣あらし神話と比定出来る

2      アビ女神話はその「逆位」inversionである。

この二点を留意する。

inversionの意義は、元々は文章で正しい順序(主語動詞などの位置順)を逆転する意味を持つ。捉えにくい「思考、思想の逆転」などではなく、物の空間位置の逆転が原義となる。二義に生物で雄が雌に変身するが挙げられている(辞書Robertから)。こちらも視覚的に判別できる。

内的、陰密な性向ではなく外示的、顕示性の高い物が対立している状況を表すと言える。

 

イシスとアビ女は行動、居住、風習で(顕示的に)逆位にある。ここまでは小筆が作成した3PDF(神話の構成)の第2頁の内容と重なる。

この説明にレヴィストロースは「racemique」なる概念を持ち込んだ。スタンダード辞書で「ラセミ葡萄酸」と訳されるが分からない。ネット検索して「キラル鏡像体過剰率...なんたら...かんたら」が出てきてさらに混乱する。Robertに援軍を求めると;

melange moleculaire egal des deux inverses optiques (stereo-isometrie) 2の光学的に逆位相を見せる一の分子的融合。

何となく分かりそうだ。それにしてもレヴィストロースもいろいろな分野から用語を引きずりだす。これを念頭に置いて次文に挑戦する。

=前略=en les inversant l’un et l’autre sur un axe different de celui ou se situait l’oppsition primitive. Ce phenemene resulte du fait que yana doit profondemant remanier , pour pouvoir les ajuster bout a bout et batir ainsi son interique, des troncons du recit qu’il emprunte alternativement aux deux series. (本書94頁)

訳;原初的な対立軸から抜け出した(とある別の)「軸」に照合させて、それらを一方、もう一方(イシスとアビ女神話)と逆位相に置いた。こうした現象はyana族が2の物語シリーズ(イシス、アビ女)を(他部族から)借り受ける際に、物語の根幹、筋回しを根底から再構築した事実に由来するに他ならない。

原初的対立軸の説明は特にないが、神話比較において「対立」を部族の歴史に重ねる手法、歴史神話学(フィンランド派)を念頭に置いたと思える。別の軸とは逆位相を定着させる、レヴィストロースが展開する絡繰りと思わせる。

上記1,2の留意点に追加して;

3 神話の「正位」筋立てに対して「逆位」の神話が存在する。両者が合わさって分子的融合(ラセミ葡萄酸状況)の神話体が成立する。

引用を続ける;

A partir de la, l’analyse se complique, car, en plus des versions deja citees, le contrepoint mytique fait interveneir de maniere implicite le mythe modoc M541, qui enchaine l’histoire du denicheur d’oiseaux a une lecon inversee du mythe de la Dame Plongeon.(本書85頁)

訳;それらに加え(=Yana族神話の特異性、弟に近親姦を迫る姉(アビ水鳥Plongeon)の特異性を前文に記している)、分析はさらに複雑化する。なぜならmodoc族神話M541(イシスの冒険)は鳥の巣あらしの筋立てをとるが、神話対位法(contrepoint)が目立たさずに、アビ女神話で学んだ「逆位」を持ち込ませているから。

 M451は漁労を営む家族(ただし複数兄弟と一人の娘)が他村落の男と密通した。兄弟は居住地を替えるが、娘は子を孕んでいた。背に負う子と共に娘は火炎に飛び込む、すんでの処を俗神が子を叩き救う。イシスの誕生。

ここでは神話対位法(contrepoint)なる言葉に注目しよう。対位法はメロディを装飾するにあたり、構成する各音素に対位する音が「法則」で決まっている作曲法である。レヴィストロースは正位にたいし逆位(inversee)が定まり、それは葡萄酸racemique(光学的に逆位相の融合)であるとして、作曲の手法「対位法」を持ち出した。すると:

4 逆位の神話はその根幹、筋立てが「神話対位法」の法規則の中で決定される。

 と考えられないだろうか。

Il se confirme donc, anisi que nous l’avions annonce, que le mythe de la Dame Plongeon inverse celui du denicheur d’oiseaux<

かくしてDame Plongeon神話は鳥の巣あらしの、あるべくしてそこに納まる逆位相(対位法で定まる音)なのである。続く

留意点をまとめると;

1 イシスの冒険神話は南米の鳥の巣あらし神話と比定出来る

2 アビ女神話はその「逆位」inversionである。

3      神話の「正位」筋立てに対して「逆位」神話が存在する。両者が合わさって分子的融合(ラセミ葡萄酸状況)の合体形神話が成立する。

4      逆位の神話はその根幹、筋立て、立ち位置が「神話対位法」の法規則の中で決定される。

これを解せば、

神話とは基準となる正位の構成(armature)がまず語り継がれ、いずれ逆位の筋立て(これもarmatureの一つ)が、あたかも音楽理論の対位法のごとく、しかるべく位置に創出される。両者はラセミ葡萄酸的な、鏡をはさむ両側、実体にたいする鏡像としての位置関係を形成し、鏡像は実像を左右逆転すると同じく、逆位armatureも正位神話の構成を逆転している。

ここには力学必然が内包される。それに迫る;


神話のラセミスム(鏡像化)を解説したPDFの写真クリック

神話の構成図(写真)には上下に三角形が配置される。上三角が思想であり、それを小筆はメタ神話と決めつけた。この上三角に逆位が生まれる。思想の逆位とは弁証法が語る「作用反作用」である。デカルトは思考で宇宙を語ったが、この思考は常に提示、反論、統合の繰り返しでもあった(蜜蝋や夜道を渡る人の分析などエッセイから)。すなわち一の思考進行の中に分析的と弁証法的思考を取り交えている。

カントに至るとこの二思考形態を分離して明瞭に分析的、弁証法的に分けている。なおレヴィストロースは無神論者である。それ故か別の起因なのか、カント主義を信奉していると本人が語っている。

提示に対する反提示につながる道筋に、なんら「分析的」真理はない。反位が存在するかしないかに拘泥せず、反位があるモノと想定してしまう。この進行過程がヒトの、ある意味ブッタ、プラトン以来の、伝統的思考法なのであろう。こんな「不確実」性を切り離した哲学者にスピノザが挙げられる。分析(演繹)思考の一直線番長みたいな思考手順は正しいだろうが、ゆとりがない、人間味がない。
彼の哲学が「窓のない部屋」とフランスで揶揄される背景は、「反位」の息抜きを排除したからだろう。

の外を眺めても分析に役に立たない、ひたすら本を読めではくたびれる。

上三角に「反メタ神話」を想定すればそれは反文化となる。

反メタ神話は反文化が主題にかかげられ、それが支配する下三角の反神話には反火、反狩猟、反タバコ、反装飾、反密が挿話に取り上げられる。アビ女神話ではそれらは村落を焼き尽くす天の火(竈の火の反対)、食えない肉を狩る弓矢、野を跳梁する一本足化け物の持つパイプを取り上げ焼却する(この逸話はBlogには紹介していない)。ヒト心臓の首飾り、塩泉(人が夢中になる蜜ではなく、動物が取り付く)などが表出している。

 アビ女神話はかく、イシスの冒険(鳥の巣あらし神話の一形式である)と正逆の進行である。手書き図を添えたが、上下三角形のラセミ葡萄酸的鏡像が上に添えられている。

この正位と逆位の分子融合構造をレヴィストロースはracemismeラセミスムとした(実は彼はracemique現象を語ったが、...ismeとまで敷衍したかは確認されていない。とりあえず部族民蕃神の提案とする)。

 

視線を拡げよう。日本書紀古事記でのラセミスムに思い当たる。

アマテラスは八百万の神を配下として高天原に農耕文化を導入しつつ国作りに励んだ。弟スサノオはこの高天原文化を破壊する。そもそもスサノオは「穢れ」から生まれ、母恋しと泣きやまない。出生と成長する過程で「反文化」の経緯が濃厚である。(母恋しは上下婚ハハコタワケの願望である)。成長した彼が高天原でしでかした罪状は;

畔放、畔を壊して田に張った水を放出させる。稲は枯れる。

溝埋、水田を満たす水の通り道を埋める。水田はひからびる。

串刺、田に串を刺す、自己の所有と主張して収穫を横領する。

糞戸、神社を排泄物で穢す

 記紀には他にも挙げておりそれら全てが天津罪と総称される。これ等をして「高天原で犯した」故に天津とする説明があるが、天津=文化でありその罪とは反文化行為であると理解すれば納得が速い。

 アマテラスとスサノオ関係をイシスとアビ女のそれと対照すれば、記紀にも神話ラセミスムが記録されていた。古代日本人は新大陸先住民と近似した過程(上下三角のラセミスム)で神話を語っていたのだ。

これは今のところ仮説の段階である。というかここ数日の思考過程で頭に浮いてきただけなので、今後アマテラスが高天原で何をしていたか(記紀には記述が少ない)を深耕し、部族民なりに記紀神話のラセミスムをいずれ証明したいと思う。了

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