新大陸神話の北上説の論拠の「新聞連載小説化、feuilleton現象」とは「新聞社会面のステレオタイプ記事」とすればより分かり易い。来る日も来る日も「お涙頂戴」の記事が紙面を飾る現象です。


酋長さん

M1(南米マトグロッソ)からM538(北米プラトー)へでは、近親姦が1回から4回に増えている。もしやして世界中で共通かもしれないけれど、戒めは破るため、禁忌は犯すためにある。先住民の息吹がこんな風に聞こえる。

PDFの3頁にその当たりを解説したつもりです。

部族民通信オリジナルのイシス神話の近親姦図クリックでPDF3頁にとぶ




レヴィストロースの解析図(本書47頁から)
Curtis写真はネットから。彼が、前世紀の初頭に採取した断片を組み入れる、イシス神話の全体が採取されたのが1955年だった。

写真;Klamath族の母子。北米インディアンは日本のオンブと同じく子を背負う。俗神が母子心中からイシスを助けられたのは、母の背に手を回せたから。ネットで北米でのオンブ図を探したが、見つけられなかった。
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紹介したKlamath族の神話M529M530aCurtisEdward 1869~1953年、Klamath民族誌写真を残す) 、Stern(Theodore 著作KlamathTribeを残す)Gestchet(ネット検索できず)氏の採取であるが、その長さと相まって語り手記憶の不確かさから前後の関連など不明であった。とある老齢の女語り部の口述から、両の神話を統合する長大な物語としてのまとまりが1955年に明らかとなり、かつLetkawash(英雄Aishishイシスの母親)の焼身自殺にいたる道筋が明らかとなった。

La geste de Aishish , dont Gestchet, Curtis et Stern n’ont recuilli que des fraguements, était apparue vers 1955, miraculeusement preservee dans la mémoire d’une informatice>41頁)一人の女語り部に奇跡的(miraculeusement)残されていたとレヴィストロースは表現している。

M538 Klamath族、geste de Aishishイシスの冒険 (42~45)
(gesteは男性形で身振り、女性形で冒険。ここでは冒険です)

M529,530で語られていない部分を紹介する。

幾人かの子を持つ女。

娘の一人はさほど遠くはない村に嫁いだ。しかし何かにつけては実家に戻る。一番下の弟は美少年と知られるから母は外には滅多なことで外には出さず、家の中でも地下の穴蔵に住まわせていた。姉の狙いはこの弟であった。

嫁ぎ先に戻る姉に弟が供をすることになった。太陽は中空にかかる、今出立して夕前には到着する行程であるから、母は同行を許した。しかし何故か日が、とても早く暮れてしまった(別バージョンでは太陽に早く隠れろと姉が脅す。すなわち天空の周期性を破壊する罪悪)。野の窪みに二人は宿る。寝入った弟の脇に姉が滑り込む。<La femme vint se glisser pres de son frere endormi. Il s’eveilla et fut choque de la trouver contre lui ((Quleelfole ! Vouloir devenir l’epouse de son propre frere !))>

<女は身をすべらし弟は目覚めた。姉を己の上に見て、ただならぬ衝撃を受けた。なんと愚かな行い、血を分けた汝の弟の妻になろうとは。

姉は寝入り、太い幹を身代わりに置き弟は逃げ出した。この出来事をつぶさに聞く母は大惨事を予兆しおののく。姉の目覚めは昼下がりとなった(早く隠れろと命じた分、翌日にも太陽周期は速まっていた)。

愛しき弟のつもりで抱いた幹が真っ赤な偽り、憤怒に染まる身で村に飛んだ。村中の屋に火を放ち、兄弟達と妻のすべてが死んだ。ただ独り生き残った母は、嫁の一人のSturnelle(ヒガシマキバドリ、鳴き声の良さで知られる)の死骸を探り、腹を割って胎児を取り出した(本来死ぬはずの胎児を救出したが、これは罪か)。双子、男と女の子であった。祖母は女の子を男子の背に埋め込み、成長した男子に「前屈みで自身の影を見てはならない、矢を空に向けてはならない」ときつく戒めた。

己身の異常に薄々気づいた男子を鳥(pluvier kildirムナグロ)が「空に矢を放て」とそそのかした。矢は真っ逆さまに落ちて背に当たり、背負っていた妹との絆が切れ二人は分かれた。分身だった妹を兄が、その兄を初めて妹も見た。

狩りでる時も妹は兄から離れず質問を続けて兄を悩ます。((Qui sommes-nous ? Pourquoi n’avons-nous pas ni père ni mère ? Qu’a donc notre grand-mere a pleure sans cesse ?))(42)私たちって誰なの ?何故、父も母もいないの、おばあちゃんは毎日泣いている、いったい何故?

妹「何でも知っている太陽に聞いてみよう」しかし、彼らの問いを太陽は無視する。妹は矢を取って太陽を射た。やっと太陽が真実を語った。お前達を孤児に貶めた者は今、水中に潜むと(知る必要のない事柄を曝く、これも罪か。

兄妹は教えられた沼に夜の漁を仕掛ける。<Nuit après nuit ils raporterent du poisson et des loiseuax d’eau en quantite. Enfin ,ils entendirent le cri de la meurtriere ((gocho gocho gochdjip)) La grand-mere l’entendit et pressenterait qu’un jour ,en dechargeant le poisson elle trouverait la tete coupee de sa fille dans le panier.(43)

毎夜、魚と水鳥を篭に一杯に満たし二人は戻る。ある夜、殺人の場から逃げ出し水鳥plongeon アビ)に変身している叔母の鳴き声ゴッコゴッコを聞いた。祖母の耳にも気味の悪い夜鳴きが届いた。「篭の魚を取り込みで娘の首を見つけてしまう、そんな日が来るに違いない」不吉な予兆に苛まれた。祖母は殺人者となっても娘を愛していたのだ。

二人は祖母から逃げる。(竈間の灰に穴を穿って逃げ道としたが、什器の諸々に「誰にも教えてはならぬ」と命じた。しかし錐(alene)には伝え漏れてしまった。案の定、祖母の問いつめに錐は逃げ道を教えた。錐への申し付け忘れと秘密の露呈は広く新大陸神話に登場する)

兄は矢を林に見失う。探し出すよう妹に乞う。妹はこの問い「私はあなたの誰なの」に答えてと切り返す。<Elle refusa a moins qu’il ne precisat a sa satisfaction quel était leur lien de parente. ((Tu es ma sœur ?Non)) 兄の返事は妹だろう。違うわ。返答は叔母、母、いとこ続くけれど妹からは違うーNonが返される。親族関係の言い回しは、それを口に出すまいと残しておいた、一つの間柄しかもはや兄には残されない。その答えEpouse伴侶を口に出してしまった兄に妹のそうよーOui、がすぐに返された。以来、<bienque frere et sœur, ils vecurent comme des époux>兄妹なれど夫婦として過ごした。

祖母は追う。彼らが遺棄した小屋の竈灰が丸く凹んでいる。身ごもった腹が灰を窪ませた、祖母は孫二人の成る可くして起こった結末を知った。

子は生まれた。夫兄は森に入った。断食と潔斎で精霊を呼び母子への加護を祈るためである。しかし熊に変身した祖母に喰われた。祖母は孫娘に会いに小屋に寄る。その意図を孫娘が察知して、真っ赤に焼けた石棒を祖母の肛門に突き刺した。遺骸を焼くために火を熾した。

ここからM529Letkakawashは子を背に負い、燃えさかる薪火の前に立った。因縁浅からぬ一人の魔女の死骸を焼かむと熾した業火であった)が続ける。そしてM530 イシスは複数の妻を持つ。妻の一人にKmu…が懸想しイシスを村から放逐しようと画策した...)につながる。

イシスの復讐さを受け、全ての心臓を燃やされた(Curtis版ではパイプ)俗神Kmukamchは地上に樹脂の熱雨を降らせる。イシスと家族は助かるものの村人の全滅でM538神話は終わる。

このM538が本巻の基準神話としてこの後も取り上げられる。

投稿子は本文を読み進み、この解析に2の視点を取るべきと提案する。その1着目点を近親姦の罪と罰に限定する 2に神話のschemeスキーム全体の主張の比較である。いずれの解析もレヴィストロースが用いた手法であり、この神話とM1(神話学4巻の基準神話)との関連、伝播の証左を見つける、さらにはM1とM538が一つの神話群として統一できるを証明せむとする2点が目的である。

M1神話(神話学全4巻の基準)は以前の投稿「生と料理」で取り上げた。

あらすじ;

森に入った母を追って、少年バイトゴゴ(神話主人公の名)は母を姦する。母は息子の印(腰ひもに飾る羽)を取って、己の紐に「みよがし」に飾る。夫はその羽模様を訝しみ、少年らを集めダンス特訓を開く(通過儀礼の過程)。突き止めた結果を信じられず再度集める。やはり同じ結果、妻を犯した男とは実の息子と知った。=中途はいろいろあって略=蘇って村に戻り、牡鹿に変身しバイトゴゴは父を川に突き落とす。父はピラニアに喰い殺された。実の母を含む複数の妻も一人残らず殺戮する。洪水が村を襲って、彼と祖母はジャガーからくすねた火を守って生き残る。

M1では近親姦は上下婚(おやこたわけ)で一度のみ。罪と罰に分解すると;

罪:感情と行為を連続させる「未文化」思考が罪。

姦淫したいと蠢く情を、それは禁忌だ、人倫を乱すと自制をはたらかせず、直に行動に移す。罪はバイトゴゴ個人行動にあるのではなく、統制のない人間社会に猖獗する連続性である。

罰:そのような社会を是認していた父、母全員の殲滅。バイトゴゴは一旦死んでしるから、罪はチャラになっている。罰明けでバイトゴゴと祖母は新たな「文化」社会を創り始める。

(「生と料理」でレヴィストロースは「何故、罪を犯したバイトゴゴはさしたる罰を受けず復活し、罪をとがめた父が報われないのか」の問いかけを行中に挟んだ。この解にたどり着かなかったが、4巻目にして罪と罰のあり方を見直し、解を得た、と思う)

罪とは行為ではない、思想に罪が宿る。これはキリストにも繋がる倫理であり、同時に構造主義として森羅万象解釈の原点でもある。

M538(イシスの冒険、第4巻での基準神話)

あら筋は前回(115)に紹介した。足繁く実家に戻る長姉の狙いが末弟。その二人が戻りの送り途中で野営するハメにおちた。この晩に起きた出来事には2の解釈が立つ。1は同衾のみ 2は交合、近親姦が発生したーかのいずれか。レヴィストロースは(=)と括弧付きで表す。

直説法では何も語らないから、姦淫は無かったと思わしめる。その言い回しにクセが見え隠れする。まず少年が目覚めると姉はcontre lui=彼に対峙=にいた。寝ている脇に滑り込んだのならa cote de luiとすればよい。対峙なら馬乗りとなる。少年は目覚めたが、この目覚めをse reveillerではなくs’eveillerとしている。後者は比喩としての「目覚め」例えば春の目覚め、性の目覚めなど使われるし、目覚めての変化は最初の事象であるとの意が強い。

M1とM538の近親姦の相関比較、またレヴィストロースと小筆の解釈の比較、罪と罰のあり方をPDFとした。全3頁。をクリック

さらに姉は、身代わりに置いた幹は弟とすっかり騙されて、昼まで寝込んでしまう。もし姦淫に至らなければ「まんじりともせず」眠るのであろうから生身と幹の区別は立ちどころだ。状況証拠では「あった」気配濃厚である。それが括弧付き(=)の関係図である。

怒りの姉の放火で嫁が死に、母が嫁腹を割って子(男と女の双生児)を取りだした。その子達に第2の近親姦が発生して、夫婦と暮らす。以上が著者レヴィストロースの解釈です。

投稿子は姦淫の起と結を拡げて解釈します(回答を与えるのではない、質問しているのだとレヴィストロースは幾度か語るので、1読者ながら、著者と異なる解釈は踏み外しではない)。

まず、母(姉弟の)に禁忌破りがあった。理由はこの母のただならぬ警戒心。長姉が実家に帰る頻度から末弟への恋慕心を見抜いた。婚家に帰るお供に姉は末弟を指名したが、母が許した理由は「まだ日が高い、夕暮れ前にはたどり着く」。野営を前提の旅行きでは「きっと起こる」禁忌破りを危惧するから、許さなかった筈だ。

腹から取りだした双生児を一体化して、男子に影を見てはならないと戒めた理由は、分身したら近親姦が発生すると知るから。戒めを破って二人は分身し、祖母は毎日泣きくらす。兄妹は愛し合い、子(英雄イシス)までもうける。

母(双生児からは祖母)は己が犯した禁忌破りを知るからに、子の代孫の代に渡る悪状を怖れていたのだ。最後の近親姦はイシス養父と嫁の姦淫。

これら行為の罪と罰を考えよう。近親の姦淫は結果としての「行為」なので罪にも罰にも比定されないを前提にする。

(祖母)の罪は記述されない。

姉は弟と野営場を設けるべく「太陽を脅して」運行を速めた、天体周期の規則を乱したが罪。その罰は水鳥に化け、首を狩り取られるが罰。双生児にまつわる罪は死んだ母から兄妹を引きずり出した祖母の罪(生まれない子は死んでいるとの信心;こうした信心が民族宗教誌として正しいのか、当方は証明できない)。祖母の戒めを破った兄、兄を問いつめた妹の罪、そして太陽に矢を射かけ、真実を言わしめた、これも罪。に取り纏めた。

前回の投稿(神話から物語りへ)で同じ出来事を繰り返し語る「新聞の連載小説=feuilleton化」なる現象が「物語化」に見られるとレヴィストロースは教える。M1M538を見比べれば、近親姦とそれにまつわる罪と罰の繰り返しが4例を数えられる。まさに伝播した実例であろう。改めて南北神話の分布図を示す。

南米の灰色地域がBororo族などが居住するマトグロッソを含む、北米のそれはロッキー山脈西側プラトー。KlamathModocが住む。

「裸の男HommeNu」を読む2の 了

 
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