神話北上説に関連する過去投稿は

神話から物語りへ 1 
同2 
同3




新大陸神話の北上説。
民族移動とは逆流する神話の移動を想定する。その根拠は伝播が長くなると、逸話の繰り返しが顕著となる現象である。これがそっくり北上論に当てはまる。
この理論を本書(第4巻)で展開しているが、第3巻に、ある意味予防線の「神話から物語りへ」を置いた。尊師レヴィストロースならではの周到ぶりです。本巻を手に取るまで、その意図をつかめませんでした。

蕃神

神話から物語りへリンク
イシスは鷲の雛を求め巨木に上る。服を着ていては登りはままならぬと父に急かされ裸になった。本書表紙。


写真は中表紙
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2019年11月15日
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ボロロ族酋長 
悲しき熱帯より
  「裸の男HommeNu」神話学4巻を読む 1 人類学 投稿2019年11月15日
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蕃神(ハカミ)義男
   

本書HommeNuはその厚さからして大作で、神話学の最終巻にふさわしい充実の様を見せている。本文621頁のページ数にあっては手に取るも圧倒されるほどの重さだ。重さと長さを語っているのではない。内容の豊富さ、それと例によっての難解な言い回しの頻発度合いもとびきりだ。
全巻の紹介は長大になるうえ、部族民蕃神の力量として不可能であろうから、今回の投稿は;家族の秘密
Secrets de famille (第一部)と木霊合わせJeux d’echos(二部)を取り上げる。主として神話の伝播論、群体論となる。量にして140頁、全体の約4.5分の1となり、部分紹介の枠を超えない不首尾はご容赦。

前文(Prologue)では取り上げる部族の名称、居住域、民族誌が語られる。主としてKlamathModoc族が主体となります。それら居住はロッキー山脈西側、プラトーと呼ばれる高原です。にネットから採取した両部族の人物像、居住地をまとめている。

神話学4巻での基準神話M1Bororo族、火と水の起源)はブラジルマトグロッソの大地に起源を持ち、アマゾン、カリブ海沿岸地を経て北アメリカの太平洋沿岸に伝播したとレヴィストロースは主張する。マトグロッソ近接のアマゾニアに居住していたTukuna族、Arawak族などに伝播、オレノコ流域のWarrau, Karib族、そしてカリブ海諸民族へと巡り、北米フロリダに上陸しミシシッピー、ミゾーリを北上西進し大草原、大平原地域のArapahoMandan族など(第三巻「食事作法の起源」後半ではこれら神話を紹介している)に伝播したであろうとは想像に易しい。

本書、冒頭に2の神話を挙げている。

M529 Klamath-Modoc族 英雄の誕生(25頁)

Letkakawashは子を背に負い、燃えさかる薪火の前に立った。因縁浅からぬ一人の魔女の死骸を焼かむと熾した業火であった。一震えの瞬きにたじろがず、見入る火には背に負うこの子を道連れ、飛び込めば自から果てる宿命の地獄火であった。Letk…の動きを怪しみ空から見張っていた俗神Kmukamchが、跳び込まんとすんでのところ、後ろから二人を跳ねとばした。しかし母の勢いをそぐに能わず、熱の中に真っ逆さまに母は焼け死んだ。助けられたのはその背の子のみ(北米インディアンは、日本を含む東アジア諸民族と同じに子を「オンブ」する)。はじいたKu...の手の撥ねで赤子の手足胴がばらけ四散してしまった。生きかえらせむとKu..は子の身体破片をつなぎ合わせる;

Embarrasse du petit être , il l’introduisit dans son genou, rentra chez lui et se plaignit a sa fille d’avoir contracte un ulcere qui le faisait beaucoup souffrir. La fille essaya d’extraire le plus. A sa grande surprise , un enfant sortit de la plaie>

この子を如何にせん、俗神は己の膝に埋め込んだ。自宅に戻って娘に膝の潰瘍が腫れて痛くてたまらない旨訴え、膨れあがりを除く娘の切り口から小さな子が飛び出てきた。

子は泣きやまない。「父親」は名を与えれば泣き止むかと、いろいろなと呼び上げるも一向に止まない。<Aishilamnash>その意味「体の中に隠された者」が発せられたら泣きを弱め、愛称にAishish(以下イシス)と呼んでやっと泣きを止めた。「父」のもとで育ち、立派な若者にイシスは成長した。
賭け事に天分を持ち誰にも負けない手練れ者ぶりを発揮し、富たるは人もうらやむ豪華装束を着するに至った。賭で父にも手加減せず、それが元で諍いに発展する。

Letka…が自殺を選んだ経緯、火葬される「魔女」の関係はこの語りでは説明がない。
もう1の神話を。

M530a Klamath族 鳥の巣あらしle denicheur d’oiseux26頁)

養父(俗神)Kmu…とイシスは動物を創造した、特に魚類にはそれらの創造のみならず、漁労を上手く運ぶための簗場を作るなど便宜をはかった。

イシスは複数の妻を持つ。妻の一人に義父が懸想しイシスを村から放逐しようと画策した。<Il pretendit que des oiseaux niches sur une plante étaient des aigles, et il ordonna a son fils d’ aller les capturer après s’etre deafait de sa tunique, de sa ceinture et de son bandeau frontal. Le héros mis a nu grimpa et ne trouva que des oisillons d’espece vulgaire.

Kmu…は鷲が巣を作ったと主張し、イシスによじ登って木の頂点の巣から雛を捕らえよと命じた。登るさいには上衣(tunique)、ベルトそして額飾りを脱げとも(身軽にならねば、巨木には登れぬとの指示)。イシスが樹上に見たのはありふれた鳥の巣と価値のない雛だけだった。それら雛を放り投げるやいなや、木がどんどんと生長しイシスはもはや木から下りられないほどの高さになった。(鷲の雛に価値を与える理由は飼育して尾羽を、戦士の頭飾りに用いるため。南米では金剛インコの尾羽を、同様の目的で用いる)

Kmukamch s’appropria le coutume de son fils et prit son apparence physique. Seule la belle-fille qu’il convoitait fut dupe de la supercherie ; les autres le rebuterent , convaincues qu’il n’était pas leur mari.

根元に脱ぎ捨てられていた イシスの服を着こしめし、顔つき体つきを真似してイシスになりすましたKmukamchが、何食わぬ顔でイシスの妻達に迫った。ただ一人、彼の首っ丈「可愛い娘」は騙されたが、他の妻らは化け姿に訝しみ、夫イシスではないと決めつけた。

樹上で独り、骨と皮だけになったイシスは二匹の蝶に救われ快復し、村に戻る。まず息子が気づいて、第一妻、二妻、三妻が彼と認めた。Kmu..が一瞬も手放す事のないパイプを息子に取り上げさせ、火に投じた。こうしてKmu... を殺害し、家族は元に戻った。Kmu...はイシスらに復讐せむと燃えさかるヤニを降らせた。地上は熱で溶けるヤニで被われた、イシスら皆は小屋に籠もって熱気に耐えた。

米太平洋沿岸(今のオレゴン、カリフォルニア州)居住のKlamath族が伝えるM530などの神話は南米マトグロッソBororo族の「火と水の起源」神話M1の伝播であるとレヴィストロースは主張する。裸の男イシスが木に登り放逐される筋立てはM1に似通うけれど、そそのかした「父」は養父である。目的は養子イシスの妻を寝取るため、近親姦をたくらむ不実者は北米の父である。南米M1では上下婚(母子たわけ)を犯したのは母と息子。しきたり、制度、気構え何でも反抗する子を死に至らせるため、父は子を断崖に追い出した。
両の神話ともに筋立てで重要箇所は禁忌犯しではあるが、
M1M530では母と子、義父と嫁と主客の性格と立ち位置は逆転している。

そもそも神話の筋とは似ている事が多いので、北米M530 を南米M1と見比べると筋、登場人物に「似通い」はそれなりに挙げられる。しかしその程度を持って、神話の南北伝播の証左とするに抵抗は残る。
しかるにレヴィストロースは両の神話群をもって南米から北米へ、北上伝播の証拠であるとした。

新説「神話北上論」には否定の異見が渦を巻いた。

反論の中身は;

1 そもそも新大陸はアジアからの民族移動により大陸北方から人口が広まった。北から南への流れた経路は明確なのだから似ているのも当然 
2 人が移動した流れに反し、北米神話は 南からの伝播であるとは考えられないーにつきる。

当時(1960年代)は神話をして民族の歴史、移動の経緯説明に用いる「フィンランド学派、歴史神話学」が主流であったから、人と神話の動きが逆流するとの主張を受け入れる素地は、神話学会(こうした学会が存在するやは知らず)にはなかった。これまでも南北神話の相似は指摘されていたし、その理由を民族の南下で説明していたのだから、数多い相似の説明のなかの「一風変わった」北上説でしかないとの受け止めが多かった。

レヴィストロースはこれら反論を一刀両断の筆致で排除した。

En posant ainsi le probleme, on meconnaitrait completement le sens de notre entreprise. Nous ne cherchon pas le pourquoi de ces ressemblances, mais le comment. En effet le propre des mythes que nous rapprochons ne tient pas a ce qu’ils se ressemblent ; et souvent même, ils ne se ressemblent pas. (32)

訳;これら反論に接するにつけ、彼らは我々(レヴィストロース自身)の意図を全く持って理解していないと覚えさしめる。これら相似の「何故pourquoi」を我々は探しているのではない。「どのようにcomment」を追求しているのだ。さらには、近接関係があると推定している幾つかの神話の、それぞれの性状は似通いがあると認め難いし、全く似つかないことも頻繁である。

(形のうえでの)似通いを判断の基準にして神話の遠近を論ずるは間違い。神話を見比べる方法とは「どのようにして伝播した」のかを探るための「徴し」を求めるのが(彼の)神話学であるとする。

(彼が主張する処のcommentどの様にしてとは、伝播する形態の「どの様サマに」ではなく、人の思考の共通性が「どの様に」働き、神話伝播に主体を演じたかの意味である。
以降にそのCommentが展開する)

当ブログ(あるいはホームページ)を訪れている読者諸氏はすでに勘づいているかと。
直近の投稿「神話から物語りへ」で、伝播とは何か遠近を問わず神話が「群」を造るとはどのような有様を見せつけてくれるのか、これらをすでに論じた。時間に余裕がある方は本ホームページの過去投稿「神話から物語りへ」を開いてください。

レヴィストロース主張の力点を以下に要約する;

1 (距離的時間的に)長く伝播するとは、配役や筋立ての自由選択により内容が換骨奪胎され、パロディなど別物に変わる。一の挿話を繰り返し用いる連載の通俗小説あるいは新聞雑誌に見られる勧善懲悪やお涙ちょうだい式の似通い記事の繰り返し(feuilleton化)になりはてる。

2 (距離的時間的に)離れていてもsyntagmeparadigme(=これは言語学の用語なので小筆は共時因果・経時因果、分析思考・弁証法思考と用語の変換を試みている)。の有様を突き詰め、それらのあり方の相似から伝播を判断しなければならない。syntagme共時因果・paradigme経時因果が囲む域をグローバル野として、そこに位置が置ける複数の神話が認められれば、それは群となる。

転がる首の神話群PDFにて説明している。

PDFでは南米神話のみを取り上げた。北進説が正しいとすれば転がる首PDFと同じく、南北の神話がグローバル野を共有できるはずである。そもそも共時因果・経時因果なる思考が分析、弁証法へと繋がるわけだから、これはカントの教える先験となるから人類共通の智である。南北の部族民が共時因果・経時因果において共通の思考形態を見せたとて、人類なのだから不思議はない。

写真は本書24頁から。灰色部(南米マトグロッソと北米太平洋沿岸プラトー)の神話に共通要素を認める。北米神話は繰り返し等が多く、故に構成で簡素なる南米神話が北上したとの結論に導かれる。クリックで拡大に飛ぶ

投稿子はすでにM1神話からモンマネキ神話M354、そして北米Arapaho族の月の嫁神話への伝播を提案している(モンマネキから月の嫁神話、PDF参照)。しかるにここ部族民の作成PDFでの伝播の様態とは、隣から隣への「伝言リレーゲーム」の域を越えない。

これでは構造神話学としての説明では不十分であるとの叱責を受けよう。本巻の記述に示唆を得て、構造主義的に南北新大陸の神話群を設定するつもりである。(後記、本投稿の第3回にて南北神話群を設定している)

南北の伝播を証明するに全く同じと受け止められる2の神話を紹介している。

M660 Klikitat族(北米太平洋岸今のワシントン州に居住);隠された妻

鷲とスカンクは兄弟。鷲が狩りに出ているあいだスカンクは妻を娶った。鷲が戻り獲物を床において寝入った。スカンクは(小屋の)暗がりのなかで妻と喋り込んだ。翌朝、鷲はスカンクに、夜中に誰と喋り、笑っていたのかと問うと<Je ris parce qu’une souris vient me voir, me court sur le visage>ネズミがやってきて顔の上を走ったから笑ったのさ>(37頁)

M95 Tukuna族(南米アマゾニア):Umari木の娘

兄のEpi(穂)に知らせずにDyaiがびっくりするほど美しい娘を嫁にとった。彼は娘を手に挟んで転がし、小さくして横笛(umari木、文脈から推測)の中に隠した。4番目の夜、Dyaiは嫁を笛から引き出し己のハンモックに導き、音も立てずに嫁を楽しんだ。5番目の夜、小さな貝を重ねた腕飾りが揺れ音を立てた。クッスと嫁が笑ってしまった。翌朝、お前は笑ったな、誰と一緒だったのかとEpiが尋ねると<c’est le balai qui rit parce que je l’ai chatouille>あれは箒さ、くすぐったら笑ったのさと答えた。(同)

Dyaiはオッポサムと文脈から伺える。スカンクと同列で狡猾が属性。すると南北の両神話は筋立てが共通するのみならず、登場者の性格(proprietes)においても対象的と言える。南北伝播の一例として挙げている。


「裸の男HommeNu」を読む 1 了

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