珍しいレヴィストロースの笑い(奥さんモニカと日本旅行の際の船上スナップ)

2019年10月15日追加PDF
モンマネキと月の嫁神話
パラダイム比較(写真は一部)

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モンマネキ神話を伝えたTucuna族の家族,1910年代、ネットから採取
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2020年5月31日
 
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   神話学最終章 フィナーレ解説  4  人類学
  新大陸神話の北上説について 2(北上説の了)   (2020年5月31日投稿)
 
   

神話北上説、もう一つの傍証は「神話が逆立し、意味は同一」の例。これを、レヴィストロースの指摘通りに第3巻「食事作法の起源」の基準神話モンマネキの冒険(南米Tucuna族)と月の嫁神話(北米アラパホ族)の相関を探しながら検証しよう。 

モンマネキ神話については当サイトに紹介されている(2019930日、食事作法の起源1)。粗筋を以下に述べます。

モンマネキの冒険(神話M354Tucuna族の伝承)

大洪水で村人は死に絶えた。モンマネキと老母だけが生き残り、孤立した生活を営む。モンマネキは狩りの道具を所有、老母は竈の火を管理する。(火と狩り、肉は文化に必需である。M1鳥の巣あらし神話では村が洪水に流され、バイトゴゴと祖母が生き残ったと伝える。モンマネキは生き残ったバイトゴゴがTukuna族に流れ着いたのである)

夙にモンマネキは狩りに出る。道すがらカエルを見つけ悪戯心で棲む穴に尿を引っかけた。翌朝「お前がイバリを掛けたから妾(ワラワ)は子を身ごもった」カエルが迫った。モンマネキにしても同盟構築を心がけていたから、渡りに船、カエルを嫁にした。破局はすぐにやってきた。カエル嫁が用意する食事はムカデ、ゲジのかき集め。姑が「こんな食事が文化に昇華する訳がない」(=食事作法の起源)。カエル嫁は子の手を引いて追い出された。

異種同盟(動物との婚姻同盟)が4例続いて、全て食事作法に合致しないから姑に破談とされてしまう。4例目(金剛インコ妻)にて魚が創造される。しかし人は漁労を知らない。5例目の人間の女(妙な言い回しを許せ)は漁労に長けている。身体を上下に分割できる。岸辺に下半身を置いて血を垂れ流す(経血、この頃はまだ月毎のさわりではない。月にかまわず垂れ流し、不定期だった)。血におびき出され寄り来る魚を川面に浮かんだ上半身がすくい取る。普通の上下一体式の女がこれをやったら、水中の下半身が魚(ピラニア)に食われてしまう。嫁は水面下に下半身を持たないから安心してすくい取れる。

漁獲された魚は姑に食材として否定される。(経血でおびき出す)漁獲法が規定外である。規定は魚が密集する溜まりに毒を流す。より悪いは経血を吸収した魚は毒性が強く食せない(姑が働きの悪い婿を毒殺するために経血をふりまきの食を供した。別の神話)。分割式嫁は追い出された。

婚姻同盟を希求したモンマネキの努力は老母の「食事作法に合致するか否か」の検証で否定され、すべてが破局に至った。

対比される月の嫁神話は北米アラパホ族の伝承。

サイト掲載は「食事作法の起源を読む」続き120191015日)。粗筋を以下に;

月の嫁(M425、北米プレーンズに居住していたArapaho族伝承)

月を眺めあこがれる娘。姉妹二人と採取に出た。月の神(月に住む孤立家族の次男)は人の娘を娶らんと地に下りた。 野にて出会ったのが娘。神はヤマアラシに変身して「おいでおいで」のそぶりを見せた。娘は木に登ってヤマアラシを落とそうと棒を振るが、神はヒョイと逃げる。とうとう巨木の樹頂に至って、抱え込まれて月に下りた。太陽神(兄)はカエルを伴侶と選んだ。カエルとアラパホ娘、いずれが月の家の嫁にふさわしいか、食べ比べで選ぶ手はずとなった。食材はバイソンの乾燥肝臓。これがどのような硬度かは分からないが、日本人として「お煎餅」を思い起こして欲しい。

何が始まるのか、不安におののく嫁候補、月はテントに忍び込み娘を励ます。

「キミ、噛むときにポリポリ音を立てられるかな」月の世界の食事作法は「ポリポリ」の音立てだった。

「それって、アラパホ村では娘の大事な作法よ」作法が同じなら人情も同じねと心した娘は一安心。月の世界で生きていけそうだから、食べ比べ出場の覚悟を決めた。太陽だってカエルに同じく示唆した。でもこっちは「ポリ音が好まれるのか」驚いた。カエルの作法はモグモグ、音立ては御法度なのだから。「なんとヤバンな所なんだ」すっかり意気がそがれたカエル。

舅姑の臨席を仰いで娘とカエルの食べ比べが始まった。カエルは食材を口にするけどクネゴチャと舐めるだけ。ポリ音が一向に出てこないうえ真っ黒な脂汁の垂れ流しまでしでかした。「ニバン~サ~ン」アラパホ娘は登壇を促される。給された乾燥肝臓を手にとって「さあ、やるからね~」一気に全塊を大口に入れ、前歯に挟んで奥歯が噛みつく。ポリポリ音は平素のしつけの賜物、ポリがボリバリに聞こえるほど盛大に立てまくった。

舅らにはポリボリバリの豪快さがことさら優しかった。「イチバン~、アラパホ娘」乾き煎餅の噛み音が耳に快い日本人に、大口娘のポリポリ快挙は理解できる。

かくして娘が月の嫁になった。生活に慣れて十月十日、子を産みおとした。後に母となったアラパホ娘は子と共に月から脱出する。(粗筋紹介には幾分かの部族民書き足しが加わる)

この神話とモンマネキ神話を比較すると;神話自体(あら筋)は逆立し、意味(スキーム)は同一であるとレヴィストロースが教える。一体、何の事なのか。

この辺りを哲人は語らないから、(勝手)解釈すると;

あら筋における逆立;

1    同盟の希求。獣(女ながら不完全を含め)の伴侶を人が求めるに対し、人(女)が神に求められる。

2    食事作法に合致しないから同盟が破綻する、それを遵拠して同盟が結ばれる。

3    もうけた子。一方は獣側に属する(カエル、鳥など子を抱いて離れる)、人の祖先にはならない。これに対し子は月から地上に降り、アラパホ族民の始祖となる。

神話が「意味するところ」において同一とは;

いずれの神話とも文化の黎明期において、行いの基準を探りつつ、人と人社会にそれを適応する「意味」を語っている。モンマネキ神話での「食事作法」の意味とは文化創造の一展開である。姑の決断から文化が獣性に汚染されず、人としての基準を範にする方向性を確保した。文化の規律が意味するところである。

(食事律違反の例は;ムカデ食と経血魚捕り(前述)頼めばすぐに出てくる樹液酒、一茎の穂で1年分の酒を造る鳥の「秘伝」、草を刈るに根っこを食害し枯らすイモムシの技)

月の嫁神話では「食事作法」が確立されていた。次の文化要素としての周期性の模索に移る。その始まりは兄の太陽と弟月の行動の周期性。天空での気儘な徘徊を止め、太陽は一日を作り月は一月を示す。これとあわせて女の周期性(月経と妊娠期間)も確立した。天空の神(父親)の指図であり、その思想は文化の規律である。

粗筋に差異はある、しかし訴える処は同じ「文化規律」である。 了

(邦訳本の本書題名は「食卓作法...」原題のtableテーブルをそのまま訳した。しかし日本語の食卓作法の意は原義tebleと異なり、箸の持ちかた、椀のすすり方など狭視野の作法に限定される。一方、新大陸先住民には食材の取得の由来、加工手順など、食卓作法を越えた広い視野で制約が課せられる。フランス語のtableも広範囲の意が被せられる=La presentation methodique sous forme de listes d’un emsemble donne (le robert)= 一つの集合の全体リスト。

イスラムでは獣肉を屠る決まり(ハラール)を経た肉以外は食べない。これも食事作法である)

神話北上説の追記(以下はGooBlog読者向けの一文)

部族民通信は昨年のホームサイト(WWW.tribesman.asia)投稿にモンマネキ、月の嫁の両神話を比較している(食事作法の起源の続き120191015日投稿)。サイトに入って確認いただきたいが、時間のゆとりある方は少ないので、その頁の要約PDFをデジカメで画像化して本ブログに貼り付けた。不鮮明画像で申し訳ない、鮮鋭なるPDFはサイトに入ってPDF頁に移り、PDF#13(モンマネキと月の嫁)を開けてください。

このPDFfinaleのレヴィストロース記述(両神話は筋立ては逆立、意味は同一)を知る前だったから、部族民蕃神の独自(勝手)解釈に基づいている。分析の手法に共時因果(分析的理性)を横に経時因果(弁証法的解析)を縦にとる。

共時に家族の孤立、文化基盤を持つも踏み出すに不備(食事作法の未完成、周期性の不備)、同盟構築の希求を上げる。両の神話はこれら横の並びで統合されるとの意味合いを表に持たせた。

神話の意味をレヴィストロースはschemeスキームと表現し、部族民は共時因果、分析的理性としているが、両者共に同じ事を述べている。(またレヴィストロースはlangue(言語)とparole(言葉)のソシュール用語を引き出し、共時と経時に当てはめている=裸の男finale566頁)

両神話が筋において同一とのレヴィストロースの指摘は部族民蕃神において、共時因果の共通性に反映されている。これは同意見。

いっぽう経時因果、これはあらすじに他ならないが、それぞれが共時因果との絡みで経時展開を見せるとして、縦列に記載した。同盟結成、5回の失敗のあと村を去り、新天地に向かうまでがモンマネキ神話の筋である。月の嫁では月の神の娘さらい、食べ方コンクール、子の誕生が筋となる。レヴィストロースが指摘する神話の逆立とは、正逆に進む筋であるが、部族民の解析ではその思考はまったくに薄い。

蕃神は筋立てに置いても両神話はベクトルを同じくするとしてしまった。どちらが説得力に秀でるかとふと迷うが、そうした優劣の比較は意味がないと気づいた。

レヴィストロースは神話筋立て、あるいは登場人物の性格行動などを幾つかの神話で比較し、同一(identique)、半分だけ一致(congurance)、逆立(inverse)に組み分けしていた。判断とは同意か反論か、プラトンの対話dialogue以来の智の伝統に受け継がれた解析法を彼が神話に使ったと見る。

一方、根っからの日本人なる蕃神は原人以来の包括思考、別の言い方では「何もかも一緒くた」に骨も身も浸かる訳だから、かの毅然を得られない。異質の裏に同一を探るのが智とする。レヴィストロースの指摘と部族民PDF表との食い違いは、智の有様と分析目的の差異が現れているだけと感じ入る次第です。

最後列に「預言者」とある。モンマネキ老母と舅(天上の神)が当てはまる、機会に現れてはことごとく「説教」を垂れる。モンマネキでは「ムカデゲジなどは文化食い物」でないとして、カエル嫁を追い出すなど。月の嫁では舅が息子二人に周期性を求め、嫁にはさわりは月に一回、子は十月十日(新大陸先住民は十月と数える)で胎から出でるを知れ...など小言らしきを曰う。二人を「預言者」とした、神の言葉を伝えるが預言で予言と異なる。

一神教の故地から遠く離れた新大陸でかような機能を持つ人に出会うのは驚きだが、これ以上踏み込めない。いずれなんとか「新大陸預言者」の起源を掴みたい。

神話北上説の了

 
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