庚申塔
日本人が「地獄は身のうち」を信心としている例。設置場所は日野市東豊田、設立は慶応年間。(下に説明)
遮光器土偶(重文、東京博物館所蔵)左足が欠けている。依頼者の左脚の不具合を土偶に転嫁させて快癒を祈願したとの説も強い。内に存在する悪の元を信心している事になる。ネットから採取。
 部族民通信ホームページ  投稿6月30日  開設元年6月10日 更新
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  地獄は身の内 enfer c'est nous-meme       サイト主宰・蕃神
   

連載投稿(GooBlog)の「レヴィストロース「食事作法の起源」を読む(続き) の第12回(201928日)で「L’enfer, c’est les autres=地獄は他者」サルトルの言葉を紹介しました。語の響きに引きつけられネット検索すると戯曲(Huit clos=出口なし1945年初演)の一セリフと知った。語感の強烈さは当時の読書人にも反応を呼んだとの反響も出て、さもありなんの感を抱いた。詩、歌、文芸作品にカバー引用されていたとも聞く。

評論諸氏の口舌を賑わした名文句もとうの昔、すっかり忘れられた頃、神話学第3部を執筆中(1967年頃)のレヴィストロースの頭が閃めいて、原作サルトルに敬意を見せてか無断なのか、「何気なく」これを借りている。サルトルよ許せ。罪なる汚れの元の在処の解明に用いるのだからの気構えならば文句も出まい。その汚れの在所くだりをまとめると。

 

レヴィストロースのご卓見がまず披露される。それは:罪はどこに浮遊するのか。人の身の内か身の外か。信心信仰でいずれかどちらかと、世界中、民族、部族にそれぞれの決まりがある。西洋の信心と新大陸先住民のそれとを対照させたかったからである。

西洋はギリシャの昔から「汚れ」は外。いみじくもサルトルの名文句L’enfer c’est les autresに集約される。一方、新大陸先住民はどの部族にしても、汚れは身の内としている。ここで(L’enfer, c’est nous-meme、地獄は我々自身)なる句をレヴィストロースが造語し、autres(他者)の対抗馬として持ち込んだ。

 

Quand ils proclament, au contraire, que <<l’enfer, c’est nous-meme>> les peuples sauvages donnent une lecon de modestie qu’on voudrait croire que nous sommes encore capables d’entendre>(同書422頁、これが最終頁)

訳;彼ら(ブラジル先住民)がこれとは反対に<地獄は身の内>と諭してくれるなら、それを謙虚さが美徳の教えと聞く耳を持てる我らでありたい。

世界観の対立ではない、精神性のあり方を問うているのである。それが内にあると信ずれば謙虚、美徳。外だと声を張りあげるは正反対であるから横暴となる。何となくサルトル批判に読んでしまう。

 

澱んだ空気を病気の元とする考え「miasmes瘴気(しょうき)説」は西洋社会である意味、いまも流布している。むかつく臭いが瘴気、それが病気の元との信心である。腐臭に人は敏感で、それに気づくと己の身の腐れを誘発するかに、恐れを覚える。外界に接すればいつも悪臭に臭覚をとがらせる。敵手悪臭が我を気づく前に、我が察知せねば害毒を受ける、この心構えが外界認識の一歩でありたやすく悪臭への否定感情につながる。

気づいたら身を遠ざけるが一番。

 

判断は間違いではないが、正しくもない。対極否定に当たる「むかつく臭いを感じなければ安全」は頻繁に発生するが、それに防衛できないから。

1853年にロンドンで猖獗したコレラ過を記述した書、感染地図(ジョンソン著、河出書房新社)と開けると;

>ロンドン中央部、4の井戸が水を供給していた。市民の多くは「ブロードストリート」井戸からの水を求めていた。ソーホー住民はルバートストリート、あるいはリトルマルバラストリート井戸が近くても、遠くの「ブロード」の清涼な水を求めていた(同書より)。

この井戸をコレラ菌が侵した。その経緯、被害の様は省くが市当局も市民も原因に思い当たるところがない。相変わらず空気が澱んでいたとしても(汚物を窓から放り投げて「処理」していた)、それは昔から変わらず。しかしロンドンの市央、ブロード近辺にのみコレラが猛威をふるった<

原因を解明しないまま、おいしい水が湧き出る井戸ブロードを閉鎖して(1854年)、下火となった。しかし当局も市民も原因には不明、疑心暗鬼のまま10年余の経過、淀んだ水、臭い水でなければ飲んで安全安全のはずの瘴気説、瘴水説か、が覆された。

 

真因を解明したのがパスツールである。

>微粒子病がカイコの卵へのノゼマと呼ばれる原始生物(=細菌)の感染であることをつきとめ細菌学の勃興に伴い病原菌なる悪が突き止められ、瘴気説は否定された。1865年<(wikiより引用)

L’enfer c’est les autres.が否定された訳ではない。悪臭が細菌にすり替わっただけで「悪は外気」は已然として西洋社会で顕在である。なにせギリシャの昔、プシュケなるうっかり娘が「開けてはならぬ」と言い含められたパンドラ箱を開けてしまって害虫や臭虫なり、悪のすべてが外に逃げ出てしまった、その人類史的責任を負うから。

さらに;

逆転した瘴気説は今も度々耳にする。

生物学者スティーヴ・ジェイグールドが体験したイジメは「臭い」と評判を立てられた。臭さの根拠などないが同級多くが臭いとはやし立てる状況だった。ユダヤ系を忌避する為に臭さをでっち上げ、故に害悪とこじつけた(ニューヨークでの中学生時期、エッセイ集私は上陸していたから)。イジメの根拠に瘴気説の対逆をこねくり回したのだ。

「老人臭」なる害悪が存在するとの広告に接し驚いた。老人に臭いが取り憑く、人から疎まれる、特別の防臭剤を飲用しなければ、社会からつまはじき。これが広告の論点だが、寡聞ながらも私にしてそんな臭いをこれまでの人生で聞いたことはない。

「こじつけ瘴気説」の一典型ではないだろうか。

 

地獄はどこかに戻ろう。

日本人にして「地獄は他者」には理解が至らないが「地獄は身の内」はすんなりと受け止めた。

古くは黄泉から戻ったイザナギは、黄泉戻りの身に生じた穢れを水垢離で払った(禊ぎ)と古事記で記載される。古事記の成立を西暦700年代初頭とすると(和銅5712年に編纂)、記中を流れる思想風習は600年代、いや、それ以前からの伝承に違いない。この辺り、信心は変わるところは少ないから、縄文からの信心かもしれない。

 

思い当たるは、

縄文時代永きに渡って作成され、信仰された土偶。

それらに「L’enfer c’est nous-meme 悪は身のうち」求めれば、身体一部を破損させ破棄するかに土中に埋めていた習俗にたどり着く。土偶とは拝みたてる神仏ではなくもう一人の私、アルターエゴで私の「身の内の悪」を背負わされた身代わりである。

>身体の悪い所を破壊することで快癒を祈った。ばらばらになるまで粉砕された土偶は大地にばら蒔くことで豊作を願ったのではないか(Wikipedia)<

 

縄文人は「悪は身のうち」を信心しており、悪の在所の己身の破棄は出来ないから土偶を身代わりにした。

今の世にも穢れ、禊ぎの風習は残る。神域沖の島は5年に一度、信徒に解放される。選ばれた男は入島の前、裸になって海に飛び込み心身の悪を祓う(Wiki)。小筆の住む日野近く、高尾山では滝にゆだねる「水垢離」苦行を衆生に課す。

穢れ祓いの儀式であろう。

 

身近な身の内。

<庚申塔とは江戸時代、農村で盛んだった庚申信仰の名残を今に伝えます。60日に一度巡る庚申(かのえさる)の深夜、寝入った人の体から三尸(し)の虫が抜け出し天帝に宿主人間の悪行をつげて>(広報日野、201921日号、ふるさとこぼれ話より)

身の内に悪の虫、これが閻魔に告げ口するから人の寿命が短くなるのだ。長命祈りの祭儀の手順を一切省いて、呑んで歌って睡らないで大騒ぎ。そしたら寿命が永くなる、一石二鳥の実利信仰です。地獄は身の内、ネッスンドルマ~♪誰も寝てはならぬ(歌劇トゥーランドット)了