写真はピラニア。本書から


写真は能面、こちらも塗りの前で未完成
ミツバチと樹内の巣、断面。図は本書から
i一度だけジャガーが人と接触を計った。しかし禁忌破りで妻に愛想を尽かされた。だから人はブタも魚も不自由で暮らしているのだ。
ネズミの次に大きいPaca、ハムスターみたいな齧歯類か
神話学第2巻蜜から灰へDuMileAuxCendes
 部族民通信ホームページ 投稿7月15日  開設 令和元年5月20日 
          部族民通信 人類学、神話哲学、レヴィストロース解説
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蕃神義男
     レヴィストロース神話学第二巻「蜜から灰へ
    Du miel aux cendres
」紹介
2 
 南米先住民ボロロ族酋長 悲しき熱帯より
   

第二変奏曲(Simo後継に自然はオスのカエルAdabaを出した)

M237 (Arawak族 Adabaの冒険譚 histoire d’Adaba 140頁)

兄弟の狩りはこのところ不調。妹が一人キャンプに居残る。樹性カエル(樹の洞に住む)がWangWangと啼いた。Apres quoi cries-tu? Tu ferais mieux de cesser le bruit et m’apporter de la viande>お前、カエル。何のために啼く、それを止めて幾ばくかの肉を持ってきたらどんなに嬉しい事やら。妹はため息をついた。するとAdaba(カエルの名)は人に変身して森に入った。兄弟が戻り、妹は肉を焼いていた。語り筋はM235と同じ。しかし、横に男が立ちその姿がなんとも奇妙だった。

Car l’homme etait des plus etranges. Il avait le corps raye jusqu’au bras de ses maigres jambes, et portait un petit cache-sexe de tissu pour seul vetement>この男はこれほど奇妙な体躯は他には身あたらないほどだった。筋の浮き出た身体が腕まで続いてそれに細い手足がくっついている。小さい布隠しを身につけているだけ。

Adabaと名乗る男は兄弟達の狩りが思わしくないと知ると、彼らが持つ矢を検分し、苔むし過ぎるを「狩りがまずいのはこのせいだ」指摘した。

妹に木の間に紐を張らせ、兄弟には紐の真ん中を射るよう命じた。兄弟は的に狙い矢をしっかり命中させた。Adabaは「その放ちが拙い」。正しい矢の射方は;

au lieu de viser l’animal, il tirait sa fleche vers le ciel et c’est en tombant qu’elle se plantait dans le dos du gibier>獲物を狙うのではない、彼は矢を空にはなつ。放物を描いて獲物の背を抜くのだ。翌日から兄弟は獲物多数を担ぎ戻る。

Adabaは婿となって義父らが住む村に居を構える。ある日、嫁が「一緒に水浴びしない」と誘う。<Non, je ne me baigne jamais dans ce genre d’endroit, je ne me baigne que dans les arbres creux  ou il y a de l’eau>それがし、そのような場で水浴びなどせぬ。木の洞に水は溜まる。そこでしか水浴びはせん。嫁はAdabaに三度水を掛け、沼からあがって夫を掴み抱こうとしたら、Adabaはカエルに戻って森に逃げた。それ以来、兄弟は(すなわち人は)狩りでよい目を見ない。

 

本神話の特記事項は;

1      カエルAdabaWang啼き声が娘への誘いかけ、自然から文化へ同盟の申し出。計画性はMaba, Simo神話と同じ。

2      同盟は一旦成立するが、程なく破綻を迎える。原因は嫁の軽々しい行動。その描写は「おふざけ」の様子なるも小筆は「三度の水掛」に注目する。Simo神話では姉妹二人の幾度もの水掛で水浸しに陥った義兄は蜂に戻った。こちらでは妻一人ながら、三度繰り返えされてAdabaはカエルに還った。沐浴中の水掛は女からの色誘いであるとは前述した。しかし許されるは一回のみ。複数回は逆効果を生む。この回数制限は日本にも共通です。よく言いますね、秋波も流すは一度が限度って。繰り返しの執拗さには、はしたなさが過ぎると受け取られる。ここにもしきたり破り、恣意性が窺える。

3      好猟か獲物なし(bredoulleボウズとも云う)かの決めてとは、狩猟(採取)技法(空を狙え)の伝授もあるが自然と同盟している状態が決め手となっている。自然からの差し出しは嫁(Maba)として婿(Simo, Adaba)として、同盟の要になるがそれが人質的呪術効果をももたらす。Abada神話がその呪性を強調するが、読み返しMabaSimoにも同じく確かめられる。欲にくらむ人が(婿、嫁、姻族)自然から来た婿()がいること自体の価値に気づかずに、何らかの欲目を実行に移して同盟を破壊する。楽園喪失に至る構図が人の恣意に浮かぶ。

4      空を狙う射出技法は実利。獲物に近づける限度が30メートルだろうか、そこから矢をつがえ射る動作、放たれた矢が己に向かうと知った獲物はとっさに逃げる。30メートルの距離を矢が飛ぶ先には獲物が去った空白が残る。この不首尾を防ぐに矢を空に向ける。獲物は「人が近づいた、放たれた矢は空に向かってこちらに来ない。下手な狩人だこと」安心した。数秒経ってのんびり草はむ背中を矢が崩す。先住民はこの弓技法を実際に活用している(悲しき熱帯などでの記述)。その実用性にさらに呪術を籠めた矢が、次節Warrau族の神話第3変奏曲が取り上げられている。

5      空に矢を放つ技法にはもう一つの効用がある。自然への言い訳である。第3変奏曲に詳しい。

 

3変奏曲

M238 折れた矢 la fleche brisees Warrau 144

不器用な夫、狩りに出ても獲物を持ち帰れない。ある日、ばったり出会ったジャガーを奇策を弄し、召し捕って運命が変わる。義父は残っていた娘を贈るし村長就任となった。しかし男は満足しない。どんな種類の動物をも狩れる最高狩人の称号に登り詰めたい。

Wau-uta(木に住むカエル、動物界の王)に教えを乞うと決め、洞の下で一晩中泣きながら訴えた。樹上から女が降りてきた。厚かましい願いなど断るはずだったが、男の涙に気分が変わった。哀れみを覚えて洞に戻った。

さて男、木の根本でブツブツ呟いていると<Une troupe d’oiseaux ranges par ordre de taille , du plus petit au plus grand. L’un apres l’autre , ils picoterent ses pieds a coups de bec pour rendre habile a la chasse. Sans qu’il le sut, Wau-uta commencait a  s’interesser a lui. Apres les oiseaux vinrent les rats par l’ordre de taille, suivi par l’acouri, le paca…>

鳥の一団が目の前を通る。大きさの順に小さい鳥から、大きな鳥に、一羽また一羽と。いずれも足を嘴でつつき、くつろぎ姿勢を見せた。この格好が矢を射かけるに最もよい瞬間なのだ。鳥の次はネズミ、それらも種別に小さい種から順に大きく行列をなした。次がacouri (不詳) pacaと続いた。男の前に位置すると獣達は座こんで、舌をベロリと出して毛繕いを始めた。この格好も狩りに絶好のくつろぎ姿勢である。動物の種別、大きさ順の行進は一晩中続いて、大蛇がノシと這い最後を締めくくった。

見知らぬ人物が近づく、これがカエルWau-utaの正体、不格好な矢を背に負う。Wau-utaは狩りの秘法を伝授する。汝、おのが腕をじっくり見よ。するとなんと男の肩から手先まで苔がびっしり生えていた。矢が正しく飛ばない原因が苔だった。次に男の矢を検分した。カエルが言うにこれはつぎはぎだらけだ、当たらない。男は射かけを実演し、遠くに垂れるツタに当てた。しかしカエルは直接の的狙いを否定した。「これからはこの矢を用いよ。どこでもよい、空に放てば獲物に当たる」。背に負うひねりまがりの奇妙な矢を与えた。最後に一つの条件を課した「矢を誰から貰ったと誰にも教えてはならぬ」

後の流れは他神話と同じ。男はどんな獲物も狩りとれる名人と賞賛された。秘伝を盗もうと隣人が酒をしこたま振る舞うと、男が酔っぱらい矢の由来を漏らした。以来、男は不器用狩人に戻って他の者も運に見放されて、狩りとはボウズ(bredouille)手ぶらで帰るが通例になったとさ。

 

3Warrau族神話では婚姻に基づく同盟はない。よって自然側が人の為に働く筋は展開しない。人が自然(Wau-utaカエル)からある秘密の伝授を受けて、神秘の矢のおかげで一時の楽園を構築した話である。呪術能は矢その物に籠められている訳ではない。贈るWau-utaが具有する呪性が矢の能力を安堵している。その「秘密を」漏らしてはならないと念を押されたが、狩人はバラしてしまった。Mabaの主題にSimoAdabaが変奏メロディで共鳴した筋立てとの共通性を認める。

 

次に注目されるのは動物の行進。

1      行進;大きさと種の組み合わせで小から大へと行進する。同種の神話で「狩人が人食いジャガーと対話する。ジャガーは弓矢で何を狩るか尋ねる。狩人はネズミから初めて順に大きな獣を上げ、最後にジャガーと言ってしまった。ジャガーは大笑いして狩人を食べた=食べる口実が見つかったから。この同類ながら別神話では、最後にジャガーをはずしてバクを上げた。するとジャガーは大笑いを2時間ほど続け、狩人は逃げ延びた(M239)

2      動物の大小;規則正しく小から大へと続く自然の連続安定を表現している。なぜ連続すると安定か。レヴィストロースはle systeme polaire(対極)の概念を導入する(150)Systeme cyclique(円形)と対照されるこのpolaireとは自然、文化、人などが対極で向かい合うと図式を造るのであるが、この対極が破綻を招くと述べる。レヴィストロースは例を挙げていないが例えば自然界は西にライオン、東に虎のみの対極で創造されたらいつかには抗争にはまって、対極は破綻し一極となる。抗争を避けるため自然は連続、円形を取っているとの(先住民の)思考である。現代のエコロジー思想の「棲み分け」と共通する。

3      矢を放つ狩人と矢を受ける獣(群れ)とがsysteme polaireで対立する「対極」を避け、文化と自然の無用な抗争を防ぐ知恵が矢を空に放てと教える。獲物を狩るとは自然の円形構造を傷つける破壊行為に他ならない。獲物を的に矢を放てば、自然から報復を受ける。矢が空の放物弧を描いて獲物に当たるのならば、それは偶然aleatoireなので狩人は報復を受けない。(上記の特記事項5への回答)

 

以上1~3を絡めてテーマ曲(Maba蜂蜜女王)と変奏の3曲(Simo蜂の婿、Adabaカエルの婿、Wau-utaカエル狩猟技法の伝授)をまとめ解析する。掲載写真(147頁から)。


カーソルを写真において縦列を拡大
ミツバチ女王変奏曲、これを日本語に訳したPDFはこちら

縦の列
reel/verbal…の意味合いと横列は何かとはすぐに思い出せないであろうとPDFで作成した。このPDFを土台に論じる。読み方:縦列2列目内容には先に記されている行動と後の記載があって、先が+、後が-。実体と言葉が一行目にあるが、禁忌で実体は+、言葉は-となる。以下それに遵ずる。

(写真はPDFの一部)

それでは;

1      縦列の左一行目に禁忌。実体とは「何かの物、これは誰かと接触してはならない」と教える、これが+。例はSimo()に掛けた水。言葉は「名を明かしてはならぬ、秘伝を伝えた者の名を明けてはならぬ」の禁じ。妻の名はMabaを教えてはいけなかった、-。

2      2列目は互換性があるやなしや。語には互換性がある。Mabaは個人名であり普通名詞で蜜の意味をもち互換となる。同じくSimo, Wau-utaなど語は個人と種が互換compatibleにある。しかし物にはそうした性状がない、その物である。個人名と自然の名で互換性があれば、その名を持つとは自然代表である。Mabaは女であるが、蜂蜜という自然現象をその身体に持つ。夫がMabaと言ったら妻を失うだけでない、人が蜂蜜を失う事の暗喩でもある。一方物には互換性がない。沐浴する水とカエルの水は異質である。Simoが義妹に水を掛けられ、その水はカエルの水と互換しないから、Simoは燃えた。以来、狩りの獲物は希少となった。互換性のあるなしがシーン進行の決め手である。

3      男と女、自然と文化の出会いは偶然か計画か。レヴィストロースはMabaと蜜狩人の出会いも、Simoと娘の出会いも偶然としている(表で計画偶然の列、+は計画であるがレヴィストロースは-はaleatoireを選ぶ。その語は不確実性が訳だが、偶然とした)。小筆はこれまで幾度か、これら神話での出会いは「偶然を装った恣意」であると説明していた。故に本書原典のマイナス-(レヴィストロース判断)に対し、+を(恣意性)付けた次第である。同時にこの判断は自然と文化の接近は単に偶然の所産か(レヴィストロースの意見)、小筆が述ぶる「自然からの誘いは濃厚にあった」かの分かれ道でもある。MabaにもSimoにも恣意性のてんこ盛りを読み、それを己が卑しき手口「明子さんまたお会いしましたね、お茶いかがですか」などと偶然を装う企みで明子嬢に接近をはからんとした。これと同列にしている。「読み過ぎ」かも知れぬ。

4      注目すべきは3(4もあわせ)56の列は+、-が横列で見事に揃っている点である。この統一は何を意味するか、出会いは偶然(部族民通信は逆の「恣意性」であるが、これを脇に置いても)自然文化の出会いと同盟とは破綻が必然として物語る。その思想を+と-に整合して証明している。見事なる解析、文化が自然の楽園を豊穣と併せて喪失した過程が図式の上に見て取れる。

追記:言葉と物、偶然と恣意など構造主義の得意とする解析手法が、きら星の如く散りばむ美しさを拝見できた。

 

さて;

レヴィストロースの神話学、解析手法を紹介しました。以降は興味深い神話を単発で紹介し、主たるテーマの「喪失」との絡まりを肩コリをほぐすつもりで見るとします。

 

M241Hitoire de HaburiHaburi物語、Warrau族神話、ギアナ地区に居住153頁)

変奏の主役はHaburi、脇役は女カエルWau-uta、前段として男ジャガー:

かつて人は女だけだった。二人姉妹が池の端に居を構えていた。男が天から降り結婚する(姉妹と結婚bigamie先住民の習慣)姉は男の子を授かりHaburiと名付けた。一家の住むキャンプ地に面する池には魚が多くは棲まない。隣接する池は魚に恵まれるのだが、ジャガーの縄張りだから危ないと姉妹が漁を禁ずる。それでも男は出かけてジャガーに殺される。

Il (Jagar) tua le voleur (), prit son apparence et gagna le campement de deux femmes.Il faisait presque nuit. Jagar portait le pannier de sa victime qui contennait le poisson vole.ジャガーは男を殺しその姿を奪いキャンプ地に向かう。籠には盗まれたあの魚、それを背負って妻達が住む地に入ったのは夜も更けてからだった。D’une voix qui les surprit par sa force et par sa rudeness, le faux mari dit aux femmes qu’elles pouvaient cuire le poisson et le manger, et que lui-meme etait trop fatigue, il voulait seulement dormir entenant Haburi dans ses bras.

荒々しい声は二人を驚かせた。低くこもる響きで()夫が言うに、籠の魚を料理してしっかり食べなさい。私自身は食事をとるにあまりに疲れている、Haburiを腕に抱いて眠りたい>眠りこけた偽夫、ジャガーは2の失敗を重ねます。

Pendant que dinaient les femmes, il se mit a ronfler si fort qu’on pouvait l’entendre de l’autre rive. Dans son sommeil, il  pronanca a plusieurs reprises le nom de l’homme qu’il avait tue et qu’il pretendait personifier. Cet homme s’appelait Mayara-koto.

妻達は夕餉にむかい夫は眠った。するといびきをかき出し五月蝿さたるや池の向こう岸からでも聞き取れる程だった。そのうえ(殺しその姿を盗み取った男の)名Mayara-kotoを幾度も寝言にした>

姉妹は密かに伝え合う<Jamais dirent-elles, notre mari n’a ronfle si bruyamment, il ne s’est jamais apple lui-meme par son nom>

私たちの夫はこんなに煩いいびきをかかないわ、その上、自分を名(本名)で呼んだりするなど絶対にない。

人間離れしているのだから、いびきだって大きかった。うるさいは我慢するとして、見過ごせないのは本名を口に出した。他人の名も己のそれも、ともかく発声するのは禁忌である。Mabaとの同盟が決裂したのは夫がその名を村人の前でうっかり漏らしたから。前作のle cru et le cuit(生と調理)の一神話で太陽神を毒矢で仕留めた怪物Chariaが狩から戻って子供達に「あの野郎、Niakanrachichanがこの籠に入っている」(M13 同書83頁)と太陽神を本名で名指した。生きている者の本名を口に出すのは呪いに繋がり、死者への行為は復讐を封じるため。ジャガーとして殺した男に「お前Mayara-koto.め、祟るなよ」と罵ったのだろう(日本人臭い解釈ながら許せ)。うっかり寝言に出た。

姉妹は逃げ出すと決めHaburiを男の腕からとって、外に走り出た。気付いたジャガーは元の姿に戻って女達を追った。

ジャガーに悪意は無い。魚盗みの男を殺して深夜まで時間をとって、女達が住むキャンプ地に入った。偽装しても昼では見破られると用心した。女達に「みどもは食べない、これは汝らに食べてもらう」やせ我慢ともとれる言葉を「疲れたから」と優しく言い換えた。

魚はle poissonと書かれている。魚なれば何でもならばun poissonと書かれる。特定の種を指すからWarrauの者であれば何の魚かは分かるであろう。夫の「あのおいしい魚を食べさせてやろう」と道具担いで出かけた思いやりがアダとなった。ジャガーが持ち帰ったそれは、ピラクルー如く巨大なのだろうか、夫は妻の残りを食べる。この態度が夫としての礼儀、空腹を覚えずと加えるは男の矜恃です。婿が女供に食を保証するのもprestation。ジャガーはこのしきたりに則りよき夫として行動した。

文化に融合する意志が感じ取れる。

 

同盟は成立しなかった。いびきがでかい程度で妻は(フツーは)家出しない。もしあなたの離婚理由がいびきだったら、真の理由が別にあると詮索せねばならぬ。この神話で自然と文化の断絶の起因は禁忌破りだった。うすうすジャガーの背乗りを疑うけれど決め手がない。息子はあやす食は保証する。ジャガーでもそれなら良いじゃないか。この妥協に乗り切れなかったのは、ひとえに本名を口に出した、呪いの罪を犯したからでした。

ここまでが第三変奏曲の前段。

 

母はHaburiをジャガーから取りあげ、腕に抱き妹と共に逃避行。気付いたジャガー、許さじと追うその足速さにかなわない。咆吼がすぐの後ろに聞こえたとき、巨木の幹に洞を見つけた。カエルWau-utaの住まいと知るや、戸をどんと叩く。

Elles frappent enfin a la porte de Wau-uta Qui est la?>< C’est nous deux soeurs>> Wau-uta refusa d’ouvrir. Alors la mere pinca les oreilles de Haburi pour qu’il pleure. Interessee, Wau-uta s’informa : <<Qu’est-ce que c’est, cet enfin? Une fille ou un garcon? –C’est mon Haburi , un garcon>(153)

訳;誰なの?と戸の内から、Wau-uta (メスカエル、自然の女王)である。私たちを助けて、二人の姉妹よ。Wau-utaは断る。母がHaburiの耳をつねった、泣かせるためである。子の鳴き声にWau-utaが反応した。「子は女の子、それとも男」。息せき切った返事は「この子Haburiは男の子」。戸が開き三人は、すんでの所でジャガーの牙を逃れた>>

 

Wau-utaは蜜を用いた奸計でジャガーを殺す。翌朝、Wau-utaは姉妹に森に出てマニオックを採取せよと命じる。Haburiを抱き出んとする母にWau-uta「子の世話は私が受ける」。母はHaburiを置いて出た。

Pendant que les soeurs etaient aux champs, Wau-uta fit grandir l’enfant magiquement jusqu’ a ce qu’il devint un adolescent. Elle lui donna une flute et des fleches. Sur chemin qui les ramenait de la plantation , les femmes entendirent la musique et s’etonnerent, car elles ne se souvenaient pas qu’il y eut a la maison>(同)

Wau-utaは魔法でHaburiを若者に成長させ、笛と弓矢を与えた。

注:笛と弓矢、この用具は少年が若者となった徴。成人の儀礼(initiation)を通過して(母系社会であれば祖父から) 贈られる。弓矢を持てば狩に参加する。獲物の野豚の分け前の脚一本でもとればいっぱしの男になれる。笛を吹くのは求愛の道具、気に入った娘の屋の前で幾夜も愛の曲を演じる。翌日の沐浴で娘が若者に水を掛けたら、愛を受け入れるとの返事。若者は結婚できる。そしてHaburiは一日にして成人となった。

マニオックを背にした姉妹はWau-uta住まいから聞こえる笛の音に驚く。音の響きは求愛の曲、ならば奏者は若者、カエルの住まいにそんな者が同居していたと知らなかった。妙なる節回しに耳を奪われ、見知らぬ若者に心を奪われた(訳注:本文は簡潔なので「奪われた」まで描写はされていないが、行間を読めばかく解釈できる)

Mais ou etait donc Haburi? Haburiはどこに?

Wau-utaの説明は「お前達が出てすぐにHaburiが追いかけていった。ずーと一緒だったのでなかったか」Haburiを捜しに森に入り、願いかなわず戻る姉妹の日々が続いた。

さてWau-utaHaburiに与えた矢は魔法の矢です(Adaba神話、折れた矢神話でもカエルWau-utaが狩の極意を人に教える)

Haburi etait un tireur d’elite : il ne manquait pas un oiseau.Wau-uta exigea qu’il lui remit les gors oiseaux qu’il tuerait et qu’il donnat les plus petits aux deux femmes apres les avoir pollies et souilles. Elle esperait que la mere et la tante de Haburi, blessees et humiliees, finiraient par s’en aller. Mais au lieu de partir , elles s’obtinerent a chercher l’enfant disparu.

訳;Haburiは手練れの猟師となった。一羽の鳥も見逃さない。Wau-utaHaburiが持ち帰る大きな鳥すべてを取り、姉妹に小さな鳥を汚して与えた。Wau-utaは姉妹を辱め屈辱を与えて、彼女らが去るのを待ったが、姉妹は消えた子Haburiを捜すを諦めず、Wau-utaの仕打ちに耐えた。

 

カワウソの忠告がHaburiの気持ちに変化をもたらした。

カワウソ(loutres、文中は複数形で出ている、群れて魚を捕る習性があるから)はHaburiの伯父()。川辺で狩の一休みにHaburiが捻ったクソの匂いを嗅ぎつけて、この若者Haburiは甥、本来の歳では赤ちゃんなのにといぶかしがる。Elles (=カワウソloutres は女性形なのでelles彼女たちだが伯父達) lui dirent toutes ses verites : il menait une vies depravee.

カワウソはHaburiすべての真実を伝えた。若者となってWau-utaを愛人(表向きは母)としているうえ、狙いを外さない狩の技術、これがカエルの魔法と教えた。彼は堕落した生をおくっていたのだ。その夕に戻って、大きな獲物は母と伯母に、Wau-utaには小さな獲物しか渡さなかった。

形容詞depraveamoralimmoralとあるので背徳の意が強い。個々の堕落した行動を指すのではなく、あってはならない反道徳の習慣に長期に浸っている。語り口ではWa-utaを母と規定するが、実際は愛人。血族ではなく同盟の関係になる。Haburi神話ではこの同盟は発生してはならない。理由をレヴィストロースは以下に説明している。

 

カエルと人の婚姻が背徳なのか。

異種交渉は獣婚とも伝わる風習である、部族により禁忌とされる。既に取りあげたMabaSimoは蜂、Adabaはカエルであった。神話の代にそれら動物は人の相貌を持っていた。ゆえに異種混交が理由ではない。Wau-utavieille femme(老女)であるからである。歳の離れた同盟は祝福されない、中世ヨーロッパではそのような婚姻には夜引いての大騒ぎ(vacarme)で呪われる。老と若の同盟は再生産を産み出さない(子供が出来ない)うえに、老人が若い娘を娶ると(逆もしかり)一人の若者()の婚姻の機会を奪うからである。Haburiの背徳は老いたWau-utaと同盟を続けていたからである。その背徳をカワウソがHaburiに説教したのだ。狩りの分け前をWau-utaと母等とで逆にした。Wau-utaは怒った。

Elle etait si furieuse qu’elle ne put rien manger, et pendant toute la nuit elle accabla Haburi de ses recriminations. Mais le lendemain, celui-ci disstribua de la meme faconsa chasse aux trois femmes et Wau-uta ne le laissa pas en repos.(154)

訳:怒り狂ってWau-utaは食も喉を通らない。しかしHaburiは翌日も同じやり方で獲物を分配した。Wau-utaHaburiから離れず、罵詈雑言で気を休める間を与えなかった。

Haburiは成人、母方に依存しない。配偶と決めた娘に笛を吹き、関心を引き獲物をせっせと運ぶ。獲物の分配で多くを与えたなら求愛の対象である。出会いの場面を振り返ると、若者に化けて初めて目にした妙齢の女の二人、大変気になった。女達もHaburiに心を奪われた。互いが秘めた交情は笛の出会いの場面に見えている。叔父からWau-utaが実はカエルと聞いたら見切りがついた。彼女らは母と伯母だともカワウソ伯父から教えられたけれど、18女が16歳の若者を息子とする理屈はない。若い二人に獲物をいっぱいあげて、関心を引こう。身びいき判断があった。

一方で、Wau-utaの怒り方は尋常ではないWau-utaは食と愛、さらには性まで失ったからこれほど怒ったのだ。

カエルの館を去るとHaburiは決めた。

Haburi faconna une pirogue en cire d’abeille ; un canard noir la lui vola pendant la nuit.

訳;まず蜜蝋を固めて小舟(pirogue)を作った、夜に黒い鴨が盗んだ。

小舟を作っては鴨に盗まれるエピソードが続きます。Warrau族では鴨が水に浮かびスイと泳げるのは身体にHaburiから盗んだpirogue舟を持つとの言い伝えがある。

最後に託した小舟の作りかけが一夜で巨大になった。二人の婦人にマニオックを積み込めと命じた。

婦人は=les femmesと書かれている。Femmeは女、その意味は婦人と夫人(epouse配偶者)があるとして、この場合は婦人か配偶者か。投稿子は上記の訳に「婦人」としたが「配偶者」ととりたい。笛の出会いと肉の分配でより多くする采配が、息子と母伯母の同盟(結婚)を予兆させていた。加え逃避行とは必ず配偶同士で逃げる。Haburiは母伯母の妻二人と駆け落ちを仕組んだと読みたい。船出の間際にWau-utaが押しかけた。

Mon enfant!  Mon enfant, Ne me quitte pas! Je suis ta mere>

訳;子よ、私の子よ、離れないで、お前の母なのだ(155頁)

舟を止めむと舷に掛けた手を女二人が櫂で叩いてもWau-utaその手は離れなかった。Haburiは出発を諦めざるを得ない。HaburiWau-utaは森に入った。頃合いの木を探し出したHaburiが幹を抉った。内部は空洞、覗けば蜜がたっぷり蓄えられていた。Wau-utaは蜜に目がない。すぐに飛び込んだ。蜜を貪るWau-utaを閉じ込め、Haburiは岸に戻って舟出となった。

後日譚、

Wau-uta la grenouille, qui crie seulement dans les arbres creux. Regardez-la bien : vous verrez ses doigts aux etremites ecrasees par les coups quand elle cramponnait au plat-bord. Ecoutez-la, vous l’entendez pleurer son amant perdu : Wang! Wang! Wang!(155)

訳:カエルWau-utaは木の洞でしか泣かない。よく見てご覧、そこだ。指の先が破壊されているのが分かるだろう、しがみつき船縁に掛けた手を叩かれた名残だ。その嘆きを聞いてご覧、愛人を奪われた女の泣き声、ワン!ワン!ワン!

 

Wau-utaの心境をレヴィストロースは以下に語ります。

Cette histoire d’un garcon recueilli par une protectrice pleine d’arriere pensees, qui commence par jouer les meres avant de s’installer dans le role d’une vielle maitresse, mais en prenant soin qu’une certaine equivoque subsite sur ses sentiments ambigues, il faudra attendre les Cofessions pour que notre literature ose l’aborder.

訳;少年を女性の保護者が引き取る、そして女性は下心を隠し持つ。母の役割から始めるが、そのうちに訳知りの愛人の役を担うという。しかし母性か性かの愛の相克、どっちつかずに揺れる感情を鑑みると、私たち(西洋)の文学がここを掘り下げるにはルソーの告白録を待たねばならない。

Madame De Warensとルソーの出会い、愛の生活、そして別れ。これをWarrau族少年の冒険と重ねました。

Haburi神話でも喪失が演じられている。Wau-utaから分かれたHaburiはその呪性を失い猟に漁に苦労を重ねるであろう。禁忌に触れた婚姻が原因である。

 

M259 la fiencee de bois木の婚約者Warrau族(182頁)

Nahakoboniとは大食い男を意味する。歳がいったが娘はいない。娘なしには婿が来ない、この先、老後を誰が養うのかとの怖れに取りつかれ、プラムの木(固い)の幹から娘を彫った。出来栄えの良さは少女の美しさ、近在に知れ渡り、結婚の申し込みは引きも切らない。若者Yar(太陽神)がNahakoboniのメガネにかなった。早速、婚約の段取り。

婚約男が娘家族(donneur de femme、女の贈り手)側に提供する義務をprestationとレヴィストロースは規定する。辞書 robertに尋ねると封建領主への賦役があげられ「将来の婿の無償労働」の意味はない。フランスにはこの慣習が無かったのであろう。貰い手(prenerur)婿(候補も含む)の義務は食物、肉と蜂蜜の供給である。義務としたが絶対、強制である。

Yarは舅Naha..に肉と蜜をふんだんに供給し祝儀をあげるに至った。そして;

Mais quand il veut prouver son amour il decouvre que c’est impossible. L’auteur de ses jours avait oublie un detail essentiel qu’il s’avoue maintenant incapable d’ajouter>

訳:(初夜に)Yarは己の愛を確かめようとして、かなわぬと知った。その頃(ses jours)の木彫家(l’auteur)は些細ながら基本的部位の作成をできるまでのウデがなかった。補修はできないと白状した。

注;レヴィストロースは突如「その頃の木彫作者」なるを持ち出した。あたかもN..老人が職人に「木の婚約者」を発注したかに並べるが違う。木彫したのはNaha..老人で、忘れたのではなく恣意的にその部位を作成しなかった。文脈の「un detail essentiel些細ながら基本的」を入れなかったうえ、それが後付けは出来ない理由は;

部位は女性器で、N..老人は膣の欠落した(木造)娘をYar太陽神に押しつけた。狙いはprestation=婿候補の義務の期間を長引かせたい為。

木彫家は(女性器を造成する)卑属さは備えていない。原住民は奥ゆかしいと修辞的にレヴィストロースはほのめかす。こんな全くの「的はずれコメント」をさらりと流す辺りがレヴィストロースの洒脱さである。

気の納まらないYar

Yar consulte l’oiseau bunia; il lui promet son aide, se laisse prendre et cajoter par la demoiselle , et profite d’une occasion favorable pour percer l’ouverture manquante, don’t il faudra ensuite extraire un serpent qui s’y trouvait.

拙訳;Yarbunia鳥(キツツキの一種)に相談した。しっかり請け負うと約束し、木の婚約者につきまとい様子をうかがう。おあつらえの機会を見逃さず、buniaは閉ざされている部を開口した。内には蛇が潜んでいて引き出した。

未完成にしたのみならず老人Naha.は木の婚約者の膣の内に蛇を潜ませていた。Yarが無理矢理に挿入するなど(若者に)ありえる事態に罠を仕掛けたに他ならない。コトに励んで蛇に噛まれてYarは即、昇天と果てた筈だ。そしてNaha..「娘はオボコ、もう一度誰かと婚約させられる」邪にも婿の責務を再度むさぼろうとした。この企てが阻まれた。

二人の愛を阻む邪魔はもういない、静かに暮らす。(desormais, rien ne s’oppose plus au bonheur des jeunes gensしかし、

Un jour, Yar decida de partir en voyage vers l’ouest. Comme Usi-du etait enceinte, il lui conseilla de faire des petites etapes. Elle n’aurait qu’suivre ses traces en ayant soin de prendre toujours adroite>>

拙訳;Yarはある日、西を目指すと旅に出た。Usi-duは妊娠していたので、少しづつ歩みを進めよと彼女に忠告しました。彼女はともかく注意深く、常にまっすぐに、Yarの足跡をたどるしかなかった。

やっとの事で手に入れた嫁、その腹に己の子を宿すその時に太陽神Yarは出奔します。この理由についての記述はありません。特別な理由もなく旅に出る記述は他にも拾えます。番号が近いところで、M241 Warrau族 Haburi物語(152頁)。Haburiは自然と文化の同盟で生まれた。母と共に逃避行しカエルに拾われた。カエルは魔術でHaburiを一夜で成人に変身させ愛人とした。経緯を知ったHaburiは母と伯母を引きつれて旅たつ。

 

実松克義著の「アマゾン文明の研究」(現代書館)の一節を紹介します。

Tupi-Guarani語族文化の仲に理想の土地を求めて旅をするという独特の思想が存在する事が知られている。悪なき土地と呼ばれ山の彼方に存在した=中略=100013000人が居住地を捨てて西に向かい、ペルーアマゾンの源流まで足を運んだ(15341549年)生き残ったのは300人であった。旅には必ず引率者がいた。身分的に自由な予言者(シャーマン)であったと言われている」

 

Warrau族に西方を浄土とする信仰があったとしたら、Yarの突然の西行きが説明できる。舅とのいざこざに飽いたのが理由ではない。移住を敢行する何らかの事情が発生して太陽神と伝わるからYarだから、指導者として族民を引きつれて旅立ちがあったのだろうか。Tupi族の言い伝えにWarrau族のYar神話を重ねた。

 

もう一つの理由は、妻の身は木でできている。自然が文化を真似しているだけ。たとえ仲良く暮らしたとして、二人の、自然と文化の融和はあり得ない。この不条理な関係は暮らすほどに分断の危険が高まる、人の世を穢すとの暗示か。族民挙げての出奔を本書の主題「自然と文化の離反」から説明すればかくなるか。

 

M259 に戻る;夫を追いかける妻は疲れ果て、カエルに拾われます。お礼のシラミとり奉公の最中、人シラミと異なるとは知らずカエルシラミを口に挟み毒に死ぬ。カエルは死体の腹を開け双子の胎児を取り出し養子にする。

神話の主題は自然と文化の接触、離別となる。再生産された子は自然に返る。

 

狂った猟師(M240 Tukuna族 le chasseur fou

Tukunaはアマゾン支流のプトマヨとジャプラ川に挟まれた奥地に住む(住んでいた)

紐縄猟をもっぱらとする男。腕が悪いか運に尽きたか、他の猟師が大猟の日でも鳥の一羽もモノに出来ない。その日の獲物は一匹のツグミ(une grive)、男は怒って力ずくでウズラの嘴をあけて<<Il ouvrit de force le bec d’un oiseau , peta dedans et relacha la bestiole>>屁を放ってから鳥を逃がした。その夜から男は気が狂った。

Il parlait sans arret de serpents , de pluie, du cou du fourmiler , etc. Il disait a sa mere qu’il avit faim,et quand elle lui apportait de la nourriture il la refusait en affirmant qu’il avait a peine fini de manger>>

とどまりも無く蛇、雨、仕舞いにはアリクイの頸まで喋った。母親に腹が減ったと嘆き、母がなにがしかの食料を運んだら、たった今食べ終わったところだと皿を押し返した。

(脚注にアリクイには頸がない、胴体に頭が直接ついていると信じられているから、無い事を話題にした。狂った徴)

5日後に死んだ。カビが死体を覆い茸が生えてきてもしゃべりは止まらず、

Quand on vint pour le mettre en terre , il dit : si vous m’enterrez, les fourmis venimeuses vous attaqueront. Mais on en avait assez d’attendre.

埋葬の時にも、俺を埋める気だな、そうなったら毒蟻を差し向けるぞ、お前等を噛みつくぞと脅す。人々はもう十分に長く(埋葬)を待っていたのだからと埋めた。

 

身体にカビが生えても喋っているのだから男はまだ生きている。しかし一丁前の男として、猟師として役はもう果たせない。それが先住民には「死ぬ」と判定される。日本語で彼は「もう死んだも同然」、比喩で生き死を語る。西洋医学の死生観とは異なります。神話は自然を侮辱した男の死に様とはこんなモノだと知らしめる点にあります。ウズラ一羽では狩にならないのなら、屁を放たず自然に帰せばよいので、屁の一発が自然への冒涜です。

レヴィストロースは男の死体(cadavre)を覆うカビは、折れた矢の神話にも取りあげられ、それが狩を失敗させる人のintrinseque(内包する)真実だと気付かせて、男に拭わせた。しかしこちらの神話ではカビの覆うに任せ、喋る死体を埋葬した。自然との付き合い方には見放すもあると知った。

本稿の終りとします。 了(201879日)