本稿では構造主義を小筆・部族民が独自に解釈した。
レヴィストロース自身が構造主義を解説した一文が「裸の男」の最終章に見られ、それを紹介した投稿
(2019年8月)は

こちらをクリック(2019年9月)。
石器加工の各工程において、いかなる判断を下し賜もうたか。しかし化石にはてたジンジャンはなにも語らない。


(写真が1970年、大阪万博タンザニア館で披露されたジンジャントロプスボイセイ、今はパラントロプスボイセイの名で通用している。
リーキーがオルドバイ渓谷で発見した
1959年)

およそ300万年前、
人が石器を生産した、
しかし猿は今もって
、いつまで待っても
石器に取りかかろうとしないしない。

ラスコー洞窟絵画ならまねできるか、無理だ。
猿めの面を眺める
たびに
むなしさを
覚える。
人と猿の違いを毛の数
に求めてはならない、
思想を持つか否か
にあるのだ




猿芭蕉を待たれる方は下のアラカルトをご訪問に

芭蕉も
沙翁も生み出せなかった
猿界の構造欠陥を曝く
(思想なければ
石器の一つも
作れない♪)



石器製作の
工数を計った


Andre Leroi-Gourhan
アンドレ・ルロワグーラン
(1911~1986)
民族考古学者、本頁を作成するに、小筆の脳みそに多大な影響を与えた
アラカルト鋭意作成中


代表作
L
e geste et la parole
奇書である
スティーブンミズン、
1960年英国、心の先史学で人の
「精神」の発生を
スイスアーミイナイフに喩えた
(写真はネットから。
肖像権に触れる場合には
メール連絡)

メルロポンティ
知覚はintrinsequeに
共時、経時に
展開する。(知覚の現象論)
この理論が後の
レヴィストロース
神話学で開花する。
(写真はネットから)



 部族民通信ホームページ   開設 令和元年5月20日 加2019年9月
 
ボロロ族酋長 悲しき熱帯よ
            
蕃神(ハカミ)義男
 猿でも分かる構造主義ジンジャンがカントに先験を教えた(哲学)
2019年5月31日投稿
 
 
レヴィストロース著作には「構造主義」の思想が投影されている。構造主義なる原理をレヴィストロース主張の通りに理解すれば悲しき熱帯、親族の基本構造さらには神話学の4部作も易しく理解に至る。

「構造主義人類学」を展開するにあたり言語学記号論に影響を受けていると伝わる。アメリカ亡命の時期(1940~45年)に言語学者ヤコブソンを通してソシュールの「構造言語学」に接したとの解説も聞く。ソシュールは言葉(ことば)の基本を「意味するものsignifiant,シニフィアン」と「意味されるものsignifieシニフィエ」に対立させ、この対立構造を意味論(signeシーニュ)とした。

signifiant=意味するもの対signifie=意味されるもの」の対峙である。

たとえで説明しよう。イヌの意味論を語る;

誰もが知る(言葉の)イヌ、それに対して目の前を歩くイヌ(と呼ばれる得る物)

の対立である。

K氏の前を尻尾付きの四つ足動物が歩いていた。K氏は散歩同行者に即座に「イヌである」と告げた。「君は正しい」と彼はお墨付きを与え、K氏は褒められた。signifiant signifieが意味の舞台で共演した。ここまではソシュールの教えるとおり。ここに見られる相互作用をレヴィストロースが人類学に応用した。

単なる焼き直しではなく。相互の意味作用を逆転させて、思考的に(哲学的に)深化させむと考えたレヴィストロースは幾つかの疑問を提起する:

1 目の前の四つ足をイヌであろうかと推察するに至った力、知の仕組みは何か? 

2 人はイヌなる記憶を頭に持つのだ。それを思想としよう、その思想はどこからか

3 1と2を結びつけてイヌを認識した。紐付け認識にいたる思考力はどこから来たか。

いわば「思考する力」とは?その根源とは?の疑問である。

  
イヌの思想を人が持つ。毛皮、四つ足、尻尾、ワンと吠える。
思想があるから人はイヌをタヌキと区別できるのだ(部族民犬チャビ公がタヌキではないと誰も知る)

デカルトは「Cogito考える」を森羅万象、理解の手口とした。考える能力は人が神から授かった。森羅万象は神が創造したのだから、神に創造された森羅の本質を神の思考で解きほぐす、これが「我考える」の意味です。物体を属性に分解し再構成して本質(essence)に肉薄する、デカルトの哲学姿勢である。するとデカルトにおいては前の3問の答えなど即座に教えてくれる。目の前の動物は神が創造した「イヌ」なる動物であり、人はイヌなる実体を「イヌ」と呼ぶ(1の答え)。人の頭が描くイヌとはイヌへの認識であり、認識する力は神から授かった、Cogito知性(考える力)(2)。頭にあるイヌを実体のイヌに結びつける作用もCogito

(以上はデカルトが「蜜蝋」をモノとして認識する過程の一文=Meditations=の思索過程を参考にした。デカルトはイヌについて語らないから小筆がイヌを持ち出した)

無神論者atheeレヴィストロースはデカルトが教える「Cogito=神が授ける考える力」にはつきあえない。以下に考えた。人は頭に「イヌ」なる表象を刻み込む。それが思想ideologieである。(pocketTristesTropiques169ideologie VS forme d’existanceの解説行を参考にした)。これを出発点とする。

 

レヴィストロースの考え方をソシュールのそれと対比させると;

signifiantとは意味する語、signifieは意味される物とソシュールが教える。言語学として正しい。この関係ではイヌの主体は存在するイヌsignifieにある。 signifiantはイヌと呼ばしめられた言葉である。故に客体。イヌが居るからイヌと呼んだ絡繰りである。

これに対してレヴィストロースは;

人が「イヌ」と口にするを可能たらしめるには頭の中にイヌなる像、すなわち表象を持たなければならない。目が捉える実物(うろつくイヌ)と頭に浮かぶ表象を接ぎ合わせたら、合致する処が多とあるからイヌと呼んだ。人の頭の表象をレヴィストロースは「思想ideologie」とした(conceptとする場合も)。イヌを見かけたら頭に湧いてくる表象(思想)は「四つ足毛皮、尻尾付き」なる動物がイヌであり、目の前をうろつく動物と幾つかの形象で共通性が認められる。そのうえ「ワン」と吠えたらから決め手が出た。

 

signifiantの根源は人の頭に宿る思想(表象)である。イヌと口走った言葉とは表象の一表現である。イヌの絵を描いて見せる、ワンと吠えてイヌをあらわせ。そうした表現法の一つで、裏に人がイヌの思想を持っていたのだ。すると主体は思想にあり、「イヌの形状でうろつきワンと吠える四つ足」は客体となる。言語学の主体・客体関係を人類学ですっかり逆転させた。

イヌと名指された動物は、イヌと呼ばれ認識されなければ単なる動く毛皮の存在で、イヌではない。あくまでもそれをイヌとするのは人の思想である。

思想と物体のひも付けを相互性(reciprocite)と規定して、これが構造主義となる。

 

上記の論証としてレヴィストロースはブラジル中央部マトグロッソに住む「ナンビクヴァラ族」の語彙体系を引用する。生活資材を切りつめ移動を続けるナンビ..族。簡素、ある意味で未開生活を営む一方で、毒草の知識と毒薬製造には新大陸先住民で随一とされる。草木の知識は広範かつ精緻である。レヴィストロースには同じ種に見える草木が生育年数、採取季節、場所などの差異で呼称が異なる。鏃に塗る毒薬に生存をかけているから、思想も精緻になった。草に向ける関心は毒として効能を有すること。動物、人間にどの程度に効くのかの見極めである。それらを識別する呼称がsignifiantである。

一方、毒草以外について語彙が無い、全く関心を持たない。キャンプ地で見かける小草について名を質したレヴィストロースは大笑いされた。「役にも立たない草に名は無い」と(Tristes TropiquesNambikwara章から)。

無意味な草へ思想ははぐくまれない。名もない草は思想と物体との相互性が確立できない、存在すら認められていない、。

 

現象論を主唱したメルロポンティMerleau-Pontyから影響受けていると指摘される。

メルロポンティは知覚の対象を周囲(milieu)あるいは視野 (champs)とする。人が見て聞いている周囲は巡る、動いている。普段の世界です。視野は乱雑にして静謐、騒々しくまた静かである。何らかの意味合いはその場のみでは認められない。知覚(perception)を働かせることで秩序が認められる。場の本質、調和、知覚に通して神の意図を知るに至る。

旋律を例として上げる。

周囲は不特定音の重なり繰り返しで、耳障りは雑音と騒音。人にはうるさいと否定されるが、音楽家は音の洪水に旋律を聴き出し、譜面に書きのこす。マーラーは湖上の静謐に音階の調和と心震わす旋律を聞き分けた。

言葉の氾濫から詩を生み出すランボーの創作過程、色の横溢を透視し怜悧に形状の調和を突き止めキャンバスに残すセザンヌ。周囲の本質を暴く知覚の例に彼らの芸術を上げている。映画博物館での講義から起こした文なので、殿に映画の作成過程を上げている。日常の何気ない会話、動作、風景の流れには総体として方向性がない。しかし特定の場面の伝言に注目し、重ね合わせで作者の感性を方向付けする。メルロポンティは視線を水平に保ち、周囲の雑景を見渡す。デカルトの特質である「上からの」分析はない。

 絵画と実体を比較した

レヴィストロースに与えた思想とは<対峙と水平>の2点、こう感じ入る次第です。


前述した疑問の一点目、知の仕組み、人の思想(表象)は何に由来するか。

歴史学者ミズンは「心の先史学」でオーストラロピテクスが類人猿(後のチンパンジー)から分離した400~500万年前から、人(の祖先)は知性を獲得していたと主張している。この説を構造主義の人は「頭にイヌの思想を持つ」から説くと分かりやすい。

 

オーストラロピテクスは人の祖先とされる(傍系とする説も)。

彼らが住んでいたアフリカ・オルドヴァイ渓谷で発見される石器をオルドヴァイ式という。造りは原始的である。制作者をその地に300万年前に生息していたオーストラロピテクス(骨の化石でしか発見されない、生きる人ピテクスは誰とも遭遇していない)として石器を作るまでの手順を省察したい(石器をホモハビリスに帰属させる説も強い)。

Le geste et la parole (身振りと言葉、Andre Leroi-Gourhan著、1966年出版)を参考にオルドヴァイ式の石器作成の手順を再現すると(掲載の図参照、同書131頁から);

 

前提;石器とは数多くの行程を経て加工を施された把握可能の石英ないし火打ち石である。一行程のみの加工と認められれば、それは流れや滝口などで石と石とが衝突した自然偶然の成果であるかも知れず、含めない。2次、あるいはそれ以上の加工を施すことで特定形状(stereotype)に収斂する。stereotypeの石器が人による加工と見分けられる。オルドヴァイ式は片面を打刻剥離させたChopper、両面加工を施したChippingToolに分けられる。(同書は石器製作の担い手を猿人をジンジャントロプスボイセイ(以下ジンジャンとする、現在はパラントロプスボイセイと呼ばれる)としている。この頭骨化石は大阪万博(1970)タンザニア館で展示された、以来国外不出、タンザニアでは全国民の祖としてあがめられ、国宝扱い。

  ルロワグーラン著le geste et la parole 身振りと言葉 (131頁から)

石探しから始める、

1      彼は今日も谷の深み、枯れ川の干上がり河床、瓦礫場を歩き回り石ころを探す。必要とするは手頃な大きさの石英である。加工石と打ち石と合わせて2個を用意するのだ。

2         適宜な石ころの2を確保した。

石器加工の始終をle geste et la parole(AndreLeroi-Gourhan著)にて探ると、

一方の長球体が加工石、その先端を打ち石で力も渾身に込めて打つ。初めの一打ち、その力の加減は「一気に強く」、さもなくば切っ先が尖らない(図
a

3         b, c, dと進む。それぞれの課程で幾度かの打撃を加工石に与える。打ち下ろす作業では最初の一振りaは力任せなのだが、その力加減を継続してしまうと加工石の断面を破壊する。打たれる石の鋭角の度合いを確認しては、力の加減を部位形状に合わせ調整する。

4         dchopperであり片面加工にとどまる、刃物では片刃。eで打刻していない反対面にもchoppingtool加工すると、両刃のできあがり。(以上は同書130133頁の要約)

ジンジャンの判断とは...

1では石の選択において材質、大きさ、形状の見分けであろう。露出している石を見つけ出し、大きさを視認し①、形状善し悪しをフルイにかけ②、手に握って材質の素性を調べる③。これは石英だな、こっちは砂岩だ。良と不良が均等に分布されると単純化して、これら①②③の行程でそれぞれ良し悪しの判定を通すので、(2x2x28分の1でしか適品を発見できない。8回石ころを拾ってきて一個を選ぶ。

前もって何を拾うか、道具に加工され使われる石ころの用途、形状様態を「思想」として持ったうえでの、石ころ探しである。その「思想」を持たなければ8コ拾って、加工して、一個だけ使用に耐える石器になる。これは不経済である。

加工の行程はさらに複雑化する。

aでの力は「一気振り下ろし」、b, c, dでは「加減の判断」。一気打ち下ろしからコツコツと当てるまでは幾つもの段階があると思われるが、オーストラロピテクスの腕と手は累進的力加減の手先具合を実現するまでの「手練れ」とは遠い腕の仕組みだ。故にオルドヴァイ式は素朴なのである(小筆が勝手に判断した)。

振り下ろしを強い弱いの2段階に簡素化する。a~dまで10の加工作業の重なり(打ち下ろしを10回)が力の強と弱2ビットの選択を迫られる(本来は打ち下ろす狙い点の可、不可というもう一つの要素があるが、省略した。

2x210層するので1024回の選択が迫られ、全てをgoodとしなければ(10回打ちで一回をし損じたら元のモクアミ)図のd石器を得ることができない。

ジンジャンは選択して拾うから完成までの80224回の加工行程で全てにGOODを勝ち取らなければ、一片の石器を作成できない。eの両面加工choppingtoolが欲しいとなったらさらに10回余分の打撃に邁進し、全行程は23回の打ち下ろし、それぞれが2分の1の確率で良し悪しがあるから(実際の確率はより厳しい)、223乗、ベキ乗をネットで計算させると800万分の一の確率となる。

一のchoppingtoolを造るに800万回の選択、力加減打ち加減に成功しなければならない。

 

ここでの課題はジンジャン等の石器加工の難渋ではない。奴らが加工にあたり、思想(表象)ヨーするに知性を持っていたか、持たなかったかの解答である。

持たなければすべての過程が運まかせ。

ジンジャン1万匹がオルドヴァイ渓谷にまかり出でて、石を手当たり次第に拾えば叩いて吟味して、可なら次の行程、不可でも、実はそれがなぜ不可かに知性が巡らないから、無駄な作業をドンドコ重ねて失敗し、また渓谷に下りて石探してトコンパコン。これを800万回、1万匹だから一匹あたり800回、おおよそ1月の作業。すると幸運なジンジャンが「ヤッター」と叫んでやっと一つのchopperをモノにできた。

運不運のみが成功にいたる厳しさを出したのは、ジンジャン頭に思想が宿らないと仮定したから。しかしこれでは効率が悪い。こんな無駄に精出している猿、おっと猿人がいたとしたら、すぐに滅びる。

彼らは、石器加工に乗り出す前に何を作成するのかを頭に宿していたはずだ。ジンジャンは石器の形状など仕様の詳細を、渓谷に降りる前から知っていたのだ。いわば図面を持っていたから渓谷、砂漠を何年もウロつかずに済んだのです。

 

図面としたがこの「図面」を広い意味にとります。

形状、重さのみならず、用途、それも幾通りかの用途を把握していた。chopper は片刃choppingtoolは両刃。鉄器の時代にも片刃両刃の区別はあって、用途の差で刃付けは決まる。片刃はいわば出刃包丁、肉を骨から剥くに向いている。両刃は肉を分断するに使われる。もっと重要なのは野獣の解体です。レイヨウ、ガゼルなど中小型の草食獣であれば、ジンジャンらにも狩猟できた(と思う)。中小型にしても野獣、獲物を前にしても素手では解体できない。解体1の行程は毛皮を剥ぐ、腹に両刃で切れ目を入れるのです。次に肉と皮の分け目に両刃を差し込ませ、皮を剥ぐ。それからが肉の骨剥き、片刃の出番。鉄器の今も片刃、両刃の使い分けは包丁料理に鉄則です、300万年前のオルドヴァイ渓谷に起源がたどれる。

両刃のchoppingtool は加工の行程がより10工程多い、しかし出土する個数はchopperに劣らない(この辺りはネットで確認できていない)。手間を余分にかけても両刃を必要とする解体の手順があり、一方で片刃を用いれば効率的な行程もあった。用途とは解体行程を2の項目に(概念として、知の一部として)分けて、こっちは片刃あっちが両刃と使い分ける。ジンジャンにはこれらが思想として図面化され、記憶されていたはずだ。

 

それらのみではない。需要供給、市場の絡繰りがすでに芽生えていた。

オルドヴァイ石器は形状がステレオタイプに収斂して100万年単位で継続して、生産された(ルロワグーランの説)。背景に、それを求める側と生産する側に意志の疏通が確立されていた。家族(バンド)単位であれば使う妻が加工する夫に「そろそろ片刃がの刃先がなまってくる、その内に新品を作っておいて」「ほいきた、両刃の方はどうだ、あっちは使い方が頻繁だろう」「両刃はこの前3個貰っているから、間に合っている」程度の会話はあった筈だ。さらにジンジャン全体でステレオタイプ化しているのだから、よそのバンドからも「在庫を切らした、融通してくれない」「ほいきた、両刃片刃のどっち」「両方」などの交流が成立しなければ、形状は収斂をたどらず拡散してしまう。

以上、ルロワグーラン著作から石器の出土数種類、製作法を教わり、ミズン「心の先史学」に勇気を与えられ、レヴィストロース構造主義に立ち戻って、ジンジャンの思考構造にニクハクせむとした。

結論、
300万年前のアフリカの原人ジンジャンの頭に湧き出た小さな石器の思想、これをもってカントの説く「先験」の濫觴としたい。了



GooBlog20174月に出稿した同名ブログを2019年5月に書き直した)

本稿では構造主義を小筆・部族民が独自に解釈した。
レヴィストロース自身が構造主義を解説した一文が「裸の男」の最終章に見られ、それを紹介した投稿
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