部族民通信アラカルト
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形に潜む本質とは

ゴッホ、セザンヌの作品、その写真を掲載する。写真は実体のつもりだが、それを実体とするとは乱暴な決めつけとなるから「写真で撮影した実体に近い像」と受け取ってください。

1 ゴッホのアルルの跳ね橋
上が写真(撮影年は分からないが、19世紀であろう。ゴッホが眺望した時期と隔たりはないと思う)



本文(サルトル弁証法批判)では実体(写真)はvecu(体験された)。絵画はreelである(ここに本質がある)と述べた。
その場(milieu)にあり体験できる存在のvecuのreel真実を取り出す能力がperception(知覚)である。存在し目に見えている物質(例えば蜜蝋)を分析し本質を探り出す能力(智)と同じである。

2 Merleau-Pontyが多く引用するのはセザンヌのサントヴィクトワール山。
南仏エクサンプロヴァンス近郊にそびえる雄々しい山容について、実体と本質の対峙がゴッホの「跳ね橋」の例と同様に語れる。






Maurice Merleau-Ponty(知覚の現象論)の著作から形と本質、それを解明する芸術家の
「眼」を有神論の立場で解析している。
本アラカルトではとりあえず例証として2件のみを取り上げた。

(元年5月25日)

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